神薙羅滅の百合SS置き場

百合しか書かないし、百合しか書けない! 陰鬱な百合がメインのブログになります

下級サンタは挫けない 第一夜

 

<あらすじ>

 下級サンタの少女、ルシアのクリスマスは悲惨だった。

 毎年毎年、サンタを捕らえようとする危険な悪い子達へ、プレゼントを届ける。

 下級であるがゆえに、まともなプレゼントを用意することも出来ず、彼女が夢見たサンタになど、なれようはずもなかった。

 

 だがクリスマスの配達先で、運命の悪い子に出会う。

 奴隷として扱われ、日々虐待を受ける、家族思いの女の子、マナ。

 サンタ協会が決める良い子と悪い子の基準に、疑問を抱いたルシアは、マナを救おうと奮闘する。

 

 

 

 

 

<ルシアの独自>

 私がサンタの仕事を続けているのは、叶わないと知った夢を、無様にも追い続けているから。

 サンタになる前は、子どもたちに夢を届けるキラキラした仕事だと、アイドルのような仕事だと思っていた。

 子供達に幸せを届ける仕事だと。だがそうではなかった。

 私の親はサンタ業がなんたるかを教えてはくれなかった。

 サンタ業界はとてつもない縦社会だった。配ったプレゼントの総額の何割かが給料になる歩合制。

 で、良い子ほど良いプレゼント……つまり高額のプレゼントを貰える。で、良い子にプレゼントを配れるのは、家柄の良いサンタだけ……つまり下級サンタの家系出身の私に、良い子へプレゼントを配る権利はなかった。

 それが意味するところは、給料が低く、サンタ業だけで食べていくのが厳しいことだけを意味してはいなかった。

 まず下級サンタにはトナカイが支給されないのだ。上級サンタか、家柄が良いから、中級の座についた金持ちサンタからトナカイを恵んで貰うのだ。

 それでも人語を話せるトナカイを駆れるのは上級サンタと一部の家柄の良い中級サンタに限られ、残りのサンタはただのトナカイで、プレゼントを配達をすることになる。

 それでも空を飛べるトナカイが使えるのだから中級サンタは恵まれている。人語が話せないだけで、人語を理解はしてもらえるから手間取ることはない。

 下級サンタのトナカイは地面を走る。だから煙突まで自力で登らないといけないし、人目につかないよう人一倍気を使わねばならない。それでも私に言わせてみれば、移動で疲れないだけまだマシだ。

 残念ながら私には、粗悪なトナカイすら恵んで貰えないほど底辺の家系で、まともな人脈もなく、安物のトナカイをレンタルするための資金さえなく、一から十まで全部自力だった。

 電動アシストもついていない時代遅れのソリを引き、防寒機能が壊れたお下がりの薄着なサンタ衣装の寒さに震えながら、あちこちへプレゼントを運ぶ。

 そして装備だけでなく、配れるプレゼントも、私は底辺だった。私のような最底辺サンタが担当するのは、良い子ではなく悪い子。それもとびきり。

 金持ちで良い子は、上級サンタの管轄として、一級のプレゼントが贈られる。そして金持ちで悪い子はというと、これは中級以上のサンタの管轄で、準一級のプレゼントが贈られた。金持ちは金持ちという理由だけで、サンタにさえも色目を使って貰える。良い子ほどではないけど、良いプレゼントが貰えるのだ。

 下級サンタが配れるのは、形が歪んだり、昨年以前のプレゼントの配り残しだったりの処分品だけ。その劣悪なプレゼントの中でもグレードがある。

 より質の良いプレゼントを奪い合うのは、どの階級のサンタでも同じことだが、下級サンタの争いはその中でも最も苛烈で、醜い。

 暴力を振るえる者や、権謀術数に長けているものが、去年の中級サンタの配り残しを掻っ攫っていく。リーダー格が最高品質の余り物を配り、それらの派閥に属するサンタたちは、準一級の余り物を手に出来る。どこにも属せない私のような者に与えられるのは、誰も手につけないようなゴミだけだった。

 アンティーク的な価値が付きそうな、何百年とあまり続けたプレゼントは、一部のマニアックな良い子が現れた時のために、中級サンタたちによって保管されている。だから隠れた値打ちものを発掘する……なんて、ささやかな夢さえ見れず、本当にゴミを毎年毎年配ることになる。

 それでも良い子相手なら、こんなゴミでも喜んでくれたかもしれない。本物のサンタさんが来てくれただけで喜んでくれたかもしれない……そんな物で喜んでしまえる、子供はきっと不幸なのだけど。

 私はそういう、なんでも喜んでくれる、サンタにとって都合の良い子に、配達したことさえなかった。

 親殺し、兄弟殺し、友達殺し、ペット殺し……私は悪い子の中でも、誰もやりたがらない、命を危険に晒しかねない最悪を押し付けられた。

 時には刑務所の中へ忍び込み、時には虐待を行っている過激な精神病棟へプレゼントを配る。出所してすぐに家族を殺している最中の子どもに出くわしたこともある。

 その時はその子に殺されそうになりながらも、子どもへの反撃はサンタ法により禁止されているから、なんとかプレゼントを押し付けて逃げ延びた。

 国によってはサンタにでも不法侵入の罰則を設けている国もある。そんな国の子どもは下級サンタの担当で、不運にも捕まったサンタの末路は悲惨だった。禁固刑ならまだマシで、拷問され、慰み者にされ、奴隷市場に売られた下級サンタの話も珍しくなかった。

 世界でも指折りの悪い子相手だから、住む場所の治安も法律も倫理の欠片さえなく、プレゼントを決死で届けても感謝もされず、劣悪なプレゼントだから罵詈雑言をお返しされる。そんなゴミさえ貰う価値のない子どもたちのために、私は命を危険に晒しながらプレゼントを配達する。

 私の夢見たキラキラしたサンタの世界も、子どもたちに感謝されるやりがいも何もなく、虚しさだけの仕事だった。

 

 なぜ両親がサンタの仕事について、多くを語らなかったのか、今ならわかる。

 絵本に書かれていた、サンタの世界はもう、そこにはなかったから。

 徹底された階級社会。血に塗れた配達環境。

 クリスマスが終わり、家に帰ってきて、サンタの誇りと夢を語る両親の表情が、疲弊し淀んでいたのを、幼い私は見抜けなかった。

 ある年のクリスマスを境に帰ってこなくなったお母さん達が、悪い子をかばって死んだと知った時に、夢は潰えていた方がよかった。

 そうしていたら、少なくともサンタを夢見る、無垢な少女でいられたのだから。

 

 

<配達準備>

 下級サンタ達が、クリスマスイブの夕暮れを過ごす、下級サンタ用のプレゼント倉庫は、劣悪な環境だった。

 暖房でぬくぬくとした、上級サンタのプレゼント倉庫とは比較にならない、氷点下にまで室温が落ち込み、直撃すれば命に関わりかる氷柱まで生えたいる。

 そんなプレゼント倉庫の隅で私は、まだ値がつきそうなガラクタを探していた。

 半ば物置と化した倉庫の中でも、中央付近には去年の配り残しが山と積まれ、二つの大きな下級サンタの派閥の連中が、死力を尽くしてプレゼントを奪い合っている。

 それを冷ややかな視線でチラ見しながら、ガラクタの山を掘り返す。私の周りにいる派閥からあぶれ、ゴミ山を漁るしかない底辺サンタの瞳に光はない。

 生まれながらにどん底でありながらも、協力し合うことで上を目指すのではなく、ごくわずかに残された低品質なプレゼントを奪い合い、搾取しようと目論むサンタ精神のかけらもない連中の方が、ここでは輝いて見えた。

 そんな風に思う私の心は、ここの室温以下にまでは冷え込んでいるから、代々負けに負け続けてゴミを配ることしか許されていない悔しさに怒りも芽生えて来なかった。

 二時間近くゴミ山を掘り返して見つけたのは、元は可愛かったのだろうが綿が溢れてグロテスクな姿となったクマのぬいぐるみ。ネジの外れたロボット人形。音階のズレた楽器類。

 これらは、去年の私が配ることをためらいつつも、ゴミ山に何も追加がなければ来年はこれを配ろうと目星を付けていた物たちだ。

 いよいよこれを配る事態になったかと、ため息を吐く。

 しかし手に入る範囲ではこれらが一番マシだ。このプレゼントと呼ぶのもおこがましいガラクタ達を、補修の跡が生々しい白の配達袋に放り込みながら、ボロボロのソリの荷台に乗せる。

 この惨状に文句を言い合えていた、去年までの私は幸せ者だと思う。

 配達に出かけるまでは、安全なプレゼント配達方法を教え以来、私に懐いてくれた後輩サンタのカナンがいたから。

 このプレゼント漁りの時間も、文句を言い合って、それなりに楽しかった。

「そろそろ出発したいんですけど、配達先のリストを貰えますか」

 ソリの滑走路でサンタ達の勤務を管理している、監督サンタに、直前になっても貰えていない、リストの提出を求める。

 高品質プレゼントを占拠している、グルイープから嘲笑が聞こえる。それはサンタ聴覚でギリギリ聞き取れるほどの小さな声量。

 毎年恒例なのもあるが、子供みたいと言うと子供に失礼なくらい馬鹿げていて、呆れてしまう。

「ちゃんと期日までに取りに来てくださいと、毎年言っていますよね?」

「期日までに、私の分を作っといててって、毎年言ってるよ」

 手に握られた配達表を奪い取り、自分のソリへ向かう。

 配達実績のいい私は、二大派閥に疎まれている。配達リストがギリギリまで届かないのは、イジメや嫌がらせの一環。

 監督サンタまで買収されているのだから、手の施し用がない。

 でもそれは、これ以下がないのと同義だから、こうして言い返せるのだから、悪いことばかりでもない……と思いたい。

「配達行って来ます」

 形式的に監督サンタへ、出発報告しながら、自分の身一つだけで極寒の聖夜へ走り出す。

 配達先を確認して、ルートをどうするか考える。

 その中で、気になる配達先を見つけた。

「ここ……カナンが行方不明になった場所……」

 最初の配達先が決まった。

 

 

<聖夜の偵察>

 サンタになる前の私が、今の自分を見たらどう思うだろうか。ズタボロのそりを自分で引いて、ボロボロで燻んだ赤色のサンタ衣装に身を包み、寒さに震えながら、一般の歩道を歩く私を見て。サンタになるのをためらってくれるだろうか。

 きっとこんな私を見ても、夢をまっすぐ追いかけてしまうだろう。たとえ過去をやり直せたとして、何度でもサンタとしての道を選ぶのだろう。私はバカだから。

 サンタは人目についてはいけない。そんなルールを堂々と破っても、サンタ協会から咎められないくらいに、みすぼらしいサンタ姿の私だけど、今日はやる気があった。

「ここね」

 辿り着いた1件目の配達先は、スラム街にあるアパート。ここは下級サンタの間でも度々噂に上がる危険な場所だ。

 周辺のマフィアやゴロツキの拠点にされていて、配達に来たサンタはそのまま帰らなくなる、曰く付きのサンタ喰いの聖地だ。そしてカナンが、行方不明になった場所でもある。

 わざわざこんな場所を行かされるのは、どの派閥にも属さない負け組サンタか、嫌われサンタのどちらかだ。私は後者だ。カナンはそんな私と仲良くなったために、ここに送られたのだろう。

 正面切って嫌がらせしてくるなら、少しは好感も抱けるのだが、私の戦闘力を恐れて、監督サンタを抱き込んだり、仲のいい相手を過酷な配達先を押し付けたり。

 最終的には自分の手を汚さず、危険も犯さずに、私を消そうとして来た。

 別にこんな低俗な嫌がらせに付き合う義理もない。でも行方不明になって一年経が経過し、望み薄でも、カナンを救える可能性があるなら、 危険を冒さないわけにはいかない。

「こんなことなら街角で、エセサンタのバイトした方が、もう少しマシかもね」 

 本物のサンタをやめて、サンタのコスプレをしながらチラシ配りでもしていたほうが、子どもたちの笑顔を分けて貰えるし、こんな危険な思いをしなくても、気の知れた仲間が作れると理解している。

 それでも続けているのは、本物の称号にこだわり続ける自分がいるから。

 悪い子に拉致された、サンタ仲間をすくために、配達先に乗り込むなんて、サンタらしさのカケラもないことをして、本物のサンタと胸を張れるかは微妙だけど。

「そろそろ仕事しますか」

 サンタ第六感を使わなくとも理解できるほどの悪意渦巻くアパートを前に、鑑賞に浸るのは終わりにして、突入計画でも立てよう。

 アパートの見取り図を用意したかったが、配達先の発表が“私だけなぜか”当日まで決まらないので、何も用意出来なかった。それが普通の私は、サンタ五感を鍛え上げ、建物内の風の流れと音の反響を感じることで、構造を把握できるようになった。

 瞳を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。風の便りを肌で、音の便りを耳で感じ取る。アパートがボロボロで穴だらけなのが幸いして、調査は一分とかからなかった。この先の配達と戦闘を考えてスタミナを温存したかったから、運が良かった。

 このアパートは四階建で、無理やり増築されたであろう屋根裏部屋が一階層分ある。

 でも妙なことに、私が知覚できる範囲には、人の気配がほとんど存在していない。一階層につき二、三人だけ。新人サンタ狩りを想定しているのだとしても、些か人手不足だ。おそらくサンタ知覚から逃れる術を、心得ている相手がいるのだ。

「思ったより面倒くさいな」

 人数も罠の配置も不明な敵地に無策で乗り込まないといけない。幸せいっぱいのクリスマスには相応しくない初仕事になりそうだった。

 

 

<サンタらしからぬ配達戦> 

 結局私は、屋上の床を叩き壊して、屋根裏部屋から順番に攻略していくことにした。張り込みをして内部の様子を観察するのも悪くない手だが、生憎クリスマスのサンタには時間がない。サンタ能力と積み重ねた経験で正面突破していかないと、配達シフトを遂行出来ない。

 その方針を後押しするように、キャロルはサンタ懲罰部隊から抹殺指令が出ている。それはプレゼントを配達する際に、余裕があれば捕縛してよい……つまり多少の破壊は許可されていると言うことだ。

 正攻法で牙城を崩す時に重要なのは、不測の事態を避けること。サンタを熟知して、対策している相手であっても、物理的に不可能なことは起こりえない。最上階から順に攻略していけば、知覚不能な空間からの奇襲のリスクを最小限にできる。

 異端サンタが敵にいて、異空間を生成する配達道具を使われていたなら終わりだが、そんなごく一握りの最上級サンタしか使えない道具の存在を考慮するのは愚かだ。

「こんな風にプレゼント配ることになるなんて、昔の私には言えないな」

 不満をこぼしながら、サンタ膂力を用いて、屋上の床を粉砕する。砂埃が立ち込める屋根裏へ、罠の存在を無視して突入する。

 足元から瓦礫の下敷きになった人の声がする。その一人を含めて、聞き分けられる範囲で六人の呼吸音……やはり偵察した時よりも数が多い。相手はサンタを熟知している。

 その瞬間背後から長剣が振り下ろされる未来を、サンタ第六感が察知する。その感覚に身を委ね身体を半身にして、予測通りに振り下ろされた刃を躱し、相手の顔があると思われる位置に、アッパーを叩き込む。

 死なない程度に加減したとはいえ、骨にヒビが入る嫌な感触が伝わってくる。だが今の視野が保たれていない状況では、触覚だけが頼りだ。どうやら天井裏に、サンタ視覚を奪う特殊な砂利を仕込んでいたらしく、今の私はほとんど盲人と同じだ。

「痛っ……!?」

 アッパーで打ち上げた相手が天井を貫通する音がすると同時に、左膝に走る痛み。覚束ない視界の奥に映る、暗視ゴーグルをつけ屈んだ姿勢の女の姿。右手には私に刺さったナイフが、左手には種類の特定までは出来ないが、拳銃が握られていて、私の眉間をしっかりと捉えている。

 武装した人間相手に傷を負わされたことに歯噛みしつつ、女が発砲したと同時に、サンタ瞬発力でそれを避けつつ、相手の腹部に殴打を入れて手早く制圧する。

 今の流れで、五感どころか六感に至るまで、信用が置けない状況に置かれていることが分かった以上じっとはしていられない。膝に刺さったナイフを右手で引き抜き、背後から襲いかかる刺突に、自分のナイフの突きを合わせる。筋力の差で圧勝した私のナイフが、一方的に相手の武器を粉砕する。

 サンタの筋力に面食らう相手の顎に、膝蹴り仕掛けつつ、その勢いで相手を飛び越える。

 その動作の最中に奪った暗視ゴーグルで、あたりの状況をようやく確認する。距離を取った場所にあと三人。

 位置を正確に捉えた私は、サンタ基準で軽く床を蹴り、打ち上がった床の破片を、三つ指の間に挟んで、投げナイフのようにして勢いよく投げつける。

 亜音速で飛来する破片で飛来する物体を、ただの人間が避けられるはずもなく、一投で三人を戦闘不能に追い込めたことに胸をなでおろす。

 サンタ対策をした相手との戦闘は経験があったが、サンタ知覚まで封じられたのは初めての経験だった。膝の傷一つで済んでよかった。

「おー! 流石最強サンタと名高いルシアお姉ちゃん。これから私のものになるなんて、ドキドキしちゃうなー」

 ひと息つこうと思ったのも束の間、足元に落ちている無線機から、悪意に満ちた女の子の声がした。相手が誰かなのかは状況的に明らかだった。

「あなたは誰なのかな?」

「ひっどーい! ちゃんとシフト表に書いてあるでしょ! キャロルだよ! キャロル! ちゃんと覚えといてね」

「こんな歓迎パーティーを開いてくれる子が配達先なんて、運がいいな。早くとっておきのプレゼントを、キャロルちゃんへ届けてあげたいな」

「私の家系は代々悪い子なんだよね。だから下級サンタが何をくれるかは分かってるんだ。でも悪い子なりに少しでも良いプレゼントを貰おうと努力したんだー。そしたら毎年カワイイサンタさんが来てくれるようになって、しかも一緒に住んでくれるようになったんだよー」

「……カナンってサンタを知ってるかな?」

「ルシアお姉ちゃんのことを教えてくれたサンタさんだねー。私の隣で寝てるけど代わって欲しいの?」

「……今の内に1つ忠告しておくけど、今すぐ捕まえてるサンタを解放して、素直にプレゼントを受け取って。そしたら幸せなクリスマスを送れるよ」

「ルシアお姉ちゃんとは、幸せの定義が食い違ってるなー。どっちかが不幸にならないと丸くは治らないんだよ? サンタと悪い子の関係はね」

「こんな目にあってるんだから、私のクリスマスは十分不幸なんだけどな……わざわざキャロルちゃんまで不幸になるのは不毛じゃないかな?」

「その不毛な結末とやらになるよう、頑張ってねー。地下室でルシアお姉ちゃんの戦いを見物しながら、応援してるよー」

 最後まで挑発的な態度を崩さないまま、一方的に通話を打ち切ってきた。厄介なことになった。どうやって地下への道を切り開くかもだが、キャロルはここに私が来るようシフトを調整されたことが示唆していた……ただの人間相手でも、万全の状態を整えられていたら、絶対勝てる保証は出来ない。

 ここを立ち去ることは簡単だ。だが囚われたカナンがいると言われれば、救えるかもしれないなら、尻尾を巻いて逃げ出すのは、サンタの道に反する。

「年に一度だからって、張り切るのは今年で最後にしよう」

 そう固く誓いながら、天井を破壊して、四階へ突入する。

 

<サンタと悪虐少女> 

「約束通りプレゼントを届けに来たよ。キャロルちゃん」

 地下への道を塞ぐシェルターを蹴破る轟音を響かせ、悪の玉座に踏み込む。

「ちゃんと見させて貰ったよ。まさかあそこから無傷で、ここまで来たのには驚かされたよ」

 絵本の中でしか見たことのない、豪華絢爛なベットから飛び降りて、キャロルと向かい合う。この悪辣な少女は露出の多いネグリジェを身につけている。露出している太ももや二の腕には、ナイフの束がベルトで留められていた。

「捕らえたサンタはどこにいるの?」

「いつでも呼べるようにしてるの。こうしてね」

 キャロルが手に持ったリモコンを操作する。するとベットの真上の空間が歪み、そこから裸体をリボンでラッピングされただけのカナンが落下してきた。その瞳はこの一年間に味わった恐怖が滲み出ている。

「……最後の忠告……今すぐ全員解放しなさい」

 普段からあまり気の長い方でないから、怒りに身を任せないようにと努める。

「今負けを認めて、私の物になってくれるなら、この娘をオモチャにする権利を、特別にプレゼントしてあげるよ?」

「……キャロルちゃんにあげるプレゼントの内容が決まったよ」

 臨戦態勢を整えながら、思考を巡らせる。さっきの空間操作技術は、サンタが秘匿してきた上級技術の一端だ。見た所旧世代の配達道具だが、生体認証をどうやって突破したのか……サンタ協会から支援されたのか、それとも異端サンタの協力者がいるのか。重要なことだが、今はどちらでもいい。

 私がやらねばならないことに変更はないから。それよりも考えないといけないのは、空間操作を戦闘に応用出来るかだが、答えはどうせすぐに相手が教えてくれる。

 なら迷う余地はない。両脚に集中させておいたサンタ膂力を全開にして、地面を蹴ってキャロルとの距離を一気に詰める。蹴られた地面が抉れ上がる様を見ても、キャロルは表情一つ変えず、太腿から冷静にナイフを両手で二本ずつ取り出して、二本は私に向かって真っ直ぐ、残りの二本はブーメランのように明後日の方角へ投擲する。

 ブレーキをかける選択肢はない。ナイフを空間転移される選択肢が相手にある以上、先延ばしは不利になるだけ。対策はナイフを掴みに行くこと。最高速度に達した状態で、さらにもう一度床を蹴って、もう一度限界を超えた加速を加えて、真正面から飛来するナイフを二本とも掴む。

 斜め後ろから飛来するナイフは、サンタ聴覚で正確に捕らえられている。サンタ技術の行使はサンタ第六感の感知から外れることが多いから、一秒先のナイフの座標はわからない。

 なら考えない。心臓と喉にさえ刺さらなければ、戦闘は継続出来る。そしてこのままいけばキャロルとのインファイトに移行出来る。ただの人間とサンタの近接格闘は、基本的に成立しない。身体能力に差がありすぎるから。

「えいっ!」

 キャロルがわかりやすい掛け声と同時にリモコンを操作する。すると背後にあったはずのナイフが、目の前に出現する。直進すれば腹部と右肩に命中する……

「シッ……!」

 右肩をナイフから逸らし、左手に持ったナイフで腹部に向かうナイフを切り落とす。

「うっぐっ……」

 だが回避は失敗した。痛みの感覚が、右膝の裏にナイフが深々と突き刺さったことを教えてくれる。右肩に向かったナイフを空間転移させたようだ。

 膝の負傷によって重心をよろけさせた私は、空中で体を転倒させてしまう。

「いっいぇいー!」

 ナイフを命中させたことに歓喜の声を上げるキャロル。その視線が一瞬私から外れる。明らかな緩みだ。私が膝をやられた程度で空中制御を失うはずがない。きりもみ回転しながらキャロルの右側に着地して、回転の勢いのまま背後に回り込む。

「油断したね」

「してないよー!」

 斜めに落とした体制から、キャロルの脊髄めがけて右手に持ったナイフを突き刺す。しかしそこに勢いを持ったナイフが真上から転移して来る。私のナイフがわずかに逸れて、キャロルの左脇腹を掠める。

 読み違えた私と、読み通りのキャロルでは次の動作に移るまでの速度が違いすぎた。キャロルは体を九十度回転させて、私を正面から捉え、背中に向かって肘落としを放つ。

 視界の端で捉えたその動作に対して出来た反応はベストではなかった。空中でうつ伏せになっているのを、仰向けになるよう回転させ、キャロルの攻撃に対してナイフの腹で受け止める。

「うっ……」

 ナイフにかかる異常な圧力。明らかに人間の範疇を超えた膂力……それは明らかにサンタのものだった。

「ルシアお姉ちゃんの方が、私をなめてたんだよ!」

 体が押し込まれる。この状況にサンタ第六感ではなく、生物としての本能が警戒を鳴らしている。

「やっ……ば……」

 予想通りキャロルが私の真下にナイフを転移させた。このまま押し込まれれば、背中に刺さる。

「刺さっちゃえ!」

「確かにそれが良さそう……ね!」

 キャロルの力に正面から対抗するのは、この体勢からでは厳しい。なら利用させて貰うだけだ。左手でキャロルの頭部を掴み、ロックする。それと同時に、キャロルの力への抵抗を止め、その方向へ私からも力を加えて、二人一緒に地面に倒れこませる。

「うっっ……」

「イいっっっ!!!」

 私の体内をナイフが貫通する。サンタ胆力なしではとても平静を保てない激しい痛み。だが私の計画通り、私を貫通したナイフは、そのままキャロルの体内も貫通して、私の真上でキャロルが痛みに喘いでいる。

「クウゥゥゥ……!!!」

 この状態からならマウントを取れる。それをキャロルの方もわきまえていたようで、自分に対して転移を行使して、離れた位置にワープする。

「オエッ……ガハッッ……」

 キャロルが激しく吐血している。元々サンタの技術はプレゼント配達の補助を目的に造られている。つまり生物への行使は想定されていない。この転移装置も例外ではなかった。生物への道具の行使はセーフティが働き原則出来ないが、使用者自身には例外的に対象に出来る。相当のダメージと引き換えにだが。

「あははっっ……なかなかやるじゃん……まさか死にかけちゃうなんて……」

 転移する時は分子毎に位置座標が設定される。ただし転移のタイミングは同一ではなく、刹那の一瞬だが分子毎にズレる。無機物や機械なら問題ないが、生物ならその刹那が致命傷になる。内蔵や血液の転移が遅れ、こうして身体がズタズタになる。サンタ耐久力がなければ即死しかねない。

「キャロルちゃん……サンタだったのね……」

「半分正解。お母さんが異端サンタで、私はその子供。対サンタ戦はお母さんに仕込んで貰ったの。生まれた時からサンタ懲罰部隊に追われてたから、極めたつもりだったんだけど……ただのサンタなはずのルシアお姉ちゃんが、今まで出会った中で一番強いよ。どこでその強さを手に入れたのかなー?」

「ただの環境。ないと生き残れなかっただけ」

「まぁ……そんな物だよねー。私もそうだから」

 ふらつく体を起こしながら、キャロルともう一度向かい合う。

 膝に刺さったナイフを右手で引き抜いて、逆手に持ち替えながら、自分のダメージを確かめる。膝の傷はともかく、腹部に空いた穴からは出血が止まっていない。

 だがそれはキャロルも同じ。それどころか、転移の影響で腹部からの出血は私よりも激しい。その上、体の内部にまで傷付いているのだから、サンタであっても本来なら戦闘を継続出来る状態ではないはずだ。私の回りにいるサンタと違って根性がある。出会いが違えば、友達になれたかも。

「残念だなー。ルシアお姉ちゃんをオモチャにしたかったのに、無理そうで……」

 互いに血塗れサンタ衣装を着込んでるみたいになっている。もう一度激しく切り結べば、決着がつく。

 立っているのがやっとなのが見てわかるくらいなのに、挑発的な態度を崩さない。自分が動かずに済む上に、戦闘向きな能力だから、ここまでダメージに差があっても余裕を持てている。

 距離を詰めなおさないといけない分、私の方が不利だ。

「もう、殺す気でやるから、なんとか生き残ってね!」

「当然そうなるよ」

 もはや躊躇のなくなったキャロルは、同時に八本のナイフを投擲する。正面に四本、左右に二本ずつ。だがそれに大した意味があないのは、わかっている。目に見えた位置など、次の瞬間には意味がなくなっているから。

 さっきのやりとりで、転移の特性も大凡把握出来た。転移させる対象にかかった力はそのまま持続される。

 サンタ耐久力を突破するだけの攻撃力を持つには、同じくサンタが力を加えないといけない。つまりキャロルの持つナイフを使い果たさせてしまえば、ほとんど無力だ。

 持久戦に持ち込むことを決めた私は、あえてキャロルから距離を離そうと壁に向かって走る。あのナイフには、壁の内部に転移させ、そこを掘り進めるほどの威力はない。壁を背にしてさえおけば、ナイフの転移位置の把握がしやすくなる。

 だが思惑通りに運ばせてもらえるはずもなく、進行方向にナイフを三本転移させてくる。至近距離かつ進行方向からの攻撃だから、反射が間に合わず、二本は叩き落とせたが、一本は右肩に刺さる。

 それを無視して、一直線に突き進む。壁まで一メートル。壁から生えてくるように現れた一本のナイフをスライディングで潜り抜け、そのままの勢いで壁を駆け上がる。

 視界の端にキャロルと追加で投げられた数十本のナイフが映る。キャロルの肢体に括り付けられていたナイフは尽きていた。

 二メートル壁を登ったところで、サンタ膂力を全開にして、抉るように壁を蹴り崩す。瓦礫の山がナイフに向かうように。

 その結果を見るよりも早く、もう一度壁を蹴って、天井に向かって跳躍する。その勢いのまま、ありったけの力を込めて天井に正拳突きを叩き込む。

 轟音とともに崩れる天井。予想通りここの天井にもサンタの感覚を阻害する砂利が含まれていた。そのせいで私の視界はほとんど零になる。でも悪いことばかりじゃない。キャロルもサンタの血を引いているなら、彼女も視界が奪われることになる。

 それを証明するように、ナイフが壁に当たる軽い金属音が次々と聞こえる。

 さて……ここからは私の読みが当たるかどうかだ。暗視ゴーグルはポケットに入っているが、それには頼らない。装着までに、両腕がふさがる危険の方が高いから。

 それに私には、四階から一階まで、感覚を削がれながら、道具に頼らず捌いてきた経験がある。

 目の前の砂埃が微かに揺れる。

「これで終わり!」

 キャロルの声が、あらゆる方向から聞こえて、音の牢獄の中にいるようだ。感覚が乱れすぎていて、幻覚の中にいるのと相違ない。そんな中でも一つだけ信頼できる感覚が残っている。触覚だ。砂利を吸わずにいれば、触覚は正常に機能するのは確認済みだ。

 背中に切っ先が触れる感覚がした。その刹那に、バク転を決め、あっけにとられているキャロルの体に組みつく。

「しまっ……」

「なんだかんだで生け捕りにしてくるって、信じてたよ!」

 万全の状態で打ち合えば勝負にもなっただろうが、虫の息のキャロルなど相手ではなかった。ほぼ無抵抗のキャロルの右肩を力尽くで外し、

「私も……キャロルちゃんが一番強かったよ」

 そのまま渾身の力でもって地面に叩き付ける。周囲にクレーターが出来る程の衝撃と共に、キャロルが血を吐き出し、手に持っていたリモコンを奪い取る。ここまですれば充分だろう。

 

<決着……次の配達先へ……>

 

「ゲホッ、カハッ……あははっっ……噂通り強いなぁ……負けちゃった」

 絞り出すような弱々しい声。それでも命を落としていないことに、胸をなでおろす。

「……トドメ刺さなくてもいいの……まだ襲えるかもしれないよ……」

「手を汚すためにサンタしてるわけじゃないから」

「殺してって……頼んだつもりだったんだけど……懲罰部隊に捕まった後のことなんて、考えたくもない……」

 キャロルが初めて、年相応の寂しそうな表情を浮かべ、悲しげに口を開く。

「私にこの配達道具を引き継がせようと、工房へ忍び込んだ時に、お母さんは殺されたんだー……懲罰部隊の連中、お母さんで遊んでた」

「そう。私も、あそこのやり方は気に食わないから、いつもなら引き渡さないんだけど……キャロルちゃんは可愛い後輩に手を出したから」

「容赦ないねー……身の振り方を間違えたかなー」

「かもね。私は次の配達があるからそろそろ行くよ」

 傷ついた部位を庇いながら、立ち上がる。

「ステキなサンタさんにお願いがあるんだけど、その配達道具、ルシアお姉ちゃんは、使えないだろうけど、持っててくれないかな」

「それバレたら、懲罰部隊に追われる規則違反なんだけど」

「……お母さんの形見を、あんなサンタ達に渡したくないの。だから……」

「はぁ……本当に悪い子。可能な限り持っといてあげるから、いつか奪いに来なさい」

 面倒ごとを押し付けられ、それを引き受けてしまう、お人好しさに辟易しながら、キャロル用に持ってきた、形だけのプレゼントである人形を渡そうと、ポケットに手を突っ込む。だが残念なことに、ただでさえボロボロだったそれは、戦闘の余波で四肢が千切れ、胴体が二つに割れてしまっていた。

 流石にこれをプレゼントとするのは、落ちぶれたサンタの私でも抵抗がある。とはいえプレゼントを渡さないままは、サンタとしてイヤだ。だがプレゼントの数に余裕は一つもない。

 選択肢はなかった。

「はい、クリスマスプレゼント。キャロルちゃんが壊したんだから、苦情は受け付けてないから」

 壊れすぎてグチャグチャになった、元人形をキャロルの側に広げて置く。

「あはは……なかなかステキなプレゼントだね。ありがとう。大切にするよ」

「そうしてくれると嬉しいよ。メリークリスマス。いい一日になるといいね」

 サンタの体裁を整えて、カナンを担いで、激闘の跡が残る部屋を立ち去る。

 久しぶりのサンタ戦……それも上級サンタ以上の相手は流石に疲れた……この後の配達の間、体が持つか、かなり不安だ。

 

 

<今年最後の配達場所>

 時間的な制約がある中で、数十件の問題児達に、プレゼントを配り切るのは容易なことではない。毎年クリスマスが終わる頃には、ヘトヘトになっている。

 その中でも、今年は本当に苦しかった。サンタとしての扱いはどこに行ってもされず、こっそりプレゼントを枕元に置かせてさえくれなかった。サンタを捕らえようとする相手を蹴散らすための戦闘を避けられなかった。

 最初の相手が下手な上級サンタよりも強く、その後の負傷した状態での配達はかなり堪えた。

 それでもなんとかやり終えた。後は最後の一軒を残すだけだ。

 配達先はマナという八歳の女の子で、この辺り一帯を領地にしている貴族に仕える召使いだと書かれている。

 マナちゃんが仕えている家の子は、サンタ基準で良い子だと追記がある。誰が担当かまでは書かれていないが、上級サンタが担当だとは記されている。

 上級サンタが危険地帯に配属されることはない。それなら悪い子とはいえ、マナちゃんにプレゼントを届けるのは、今年最初で最後の楽な仕事になりそうだ。

 

 半ば満身創痍の状態で、ソリを引いて歩く。傷口に氷点下の空気と吹雪がしみる。その痛みも、坂の上に建つ大きな屋敷が見えると同時に、和らいだ気がした。

「中は暖かそうだけど……あの中だと良いな」

 自然と弱気が漏れる自分を情けなく思いながら、急な坂を登る。

「まぁ、こんなものよね。期待はしてなかったけど」

 予想通り、そんな甘い話はなかった。上級サンタの配達先は、ドームくらいの大きさがある豪勢なお屋敷。で、私の配達先は、牧場のように広い庭の片隅に点在する牛舎のような小屋だった。

 上級サンタであれば、セキュリティーに引っかからないように根回しして貰うらしいが、私にそんなものない。なのでいつも通り、警報装置を避け、敷地を囲む塀を飛び越える。

 深々と積もった雪に、足首まで埋まる。吹き付ける粉雪が視界を奪い、マナちゃんが住む場所がどこか、わからない。

 その状態で、二十分近く、彷徨いながらも、なんとか目的の小屋にたどり着いた。

 

<虐げられた悪い子>

 音を立てないよう気を使い、小屋に忍び込む。

「うっ……」

 中の様子を見て、思わず息が詰まった。

 床と壁にこびり付いた血の跡。中には新鮮なものまで。

 ここで行われた虐待を想像して、背筋が凍る。

 血を流し過ぎて思考力の下がった私でも、この屋敷の実情を察する。

 ちゃんとした召使いは、あの屋敷の中にいる。外の小屋に住んでいるのは、奴隷か、実質そう扱われている人間だ。そんなこと紙には書けないから、召使いと書いてお茶を濁していたのだ。

 それと同時に浮かぶ一つの疑問。こんな雨風を辛うじて凌ぐだけで、断熱材もなく、温度が外とほとんど変わらない場所に住まわされ、出血を伴う虐待を受けている子供が、はたして、私が想像するような悪い子なのか……

「ケホッ……ケホッ……」

 足音を殺しながら、小屋の中を探索していると、小さな女の子が咳き込む声が聞こえる。

 声のした方をそっと覗き込むと、うず高く積んだ藁のベットの上に倒れ込んだ女の子……マナちゃんが一人で寝ていた。

 サンタ耐寒力があっても、凍えかねない外気がそのまま入り込む、粗末な小屋の中で、マナちゃんが身につけているのは、手脚が露出した粗末な貫頭衣だけ。

 こんな衣服では寒さに対しては無防備そのもので、指先は凍傷で所々黒くなっている。それだけでなく、体のあちこちにある、鞭で打たれたような傷痕が、この子の普段の扱いを物語っている。

「お母さん……お母さん……死んじゃやだよ……」

 マナちゃんは夢の中でさえも幸せではないらしい。瞳に雫を溜めて、もうどこにもいない家族を呼んでいる。

「この子が悪い子ね……」

 疑問が確信に変わった。このマナちゃんを見て悪い子だという人間がどこにいるのだろうか。普段のマナちゃんを私は全く知らないけれど、この寝顔を見れば充分だ。

 お母さん達がなぜ悪い子を守って死んだのか……今までその理由を察してはいつつも、確信は出来ていなかった。でもたった今、確信した。

 きっと配達先で、身を呈してでも守りたいと思った、子供と出会った。そして、その子を守って命を落とした。

 良い子と悪い子の制定に疑問を持ったことはあった。その基準は全てサンタ評議会が決められ、基準は末端のサンタには知らされず、介入する権利もない。

 良い子のリストを盗み見た時に載っているのが、大企業の社長や政治家の子供だけで、疑っていた。

 確かに悪い子のリストは、本当に悪い子が多いのも事実だが、良い子のリストに乗るべき子もいるんだろう。

 今まで私は出会う機会がなかっただけ。そしてマナちゃんは、そういう子だ。

 幼い子供が、非道な扱いを受けていることに、サンタとしての良心が痛む。

 だがこういう子供達に対して出来ることは多くない。プレゼントをあげる以上のことはサンタ規則で禁止されているから。あげられるプレゼントもサンタ工房で作られた物しか許されていない。それを破るとサンタ懲罰部隊に追われる身になる……そこまでの覚悟は私にはなかった。

 サンタが施す者だった時代ではもうないのだ。今はこうした扱いをする側を、組織だって、良いこととお墨付きを与えるのが仕事になってしまった……

 そんな組織に属し続け、何もしていない自分に後ろめたさを感じる。ヨレヨレの配達袋の中にある、最後に残ったプレゼントを手に取る。ガラクタの山から掘り出した、綿の出たクマのぬいぐるみ。こんな物しか、私は配ることを許されていない。

 ぬいぐるみを袋の中で手に取りながら思い悩む。こんな物しかあげられないのなら、いっそあげない方がよいのではないかと。

 朝起きたら、マナちゃんは側に置かれたぬいぐるみに気付くだろう。本物のサンタが来てくれたのだと。だがその夢はきっと一秒と持たない。中身の出ているぬいぐるみを、貰って喜ぶ子供がどこにいるだろうか。

 もしこんなゴミを、わざわざクリスマスの朝に置かれていたら、どう思うだろう。他ならぬサンタの手によって。世界からいらない存在だと言われていると思うだろう。

 ただでさえイヤというほど、虐げられていると言うのに、わざわざ虐げられる側なのだと、宣告してやる必要がどこにあるのだろう。

 クリスマスにプレゼントがないだけなら、サンタが本当はおとぎ話なのだと思うだけで済む。ゴミを貰って喜ぶのがせいぜいの命だと、突き付けるなんて……そんなのムリだ。

「帰ろう……」

 自分の口から零れた言葉……サンタらしい仕事などさせて貰えず、こうしてサンタとして良いプレゼントをあげたいと思う子に偶然出会えても、救いたいと、幸せにしたいと願う子に巡り合えても、何も出来ない自分が情けなかった。

 お母さん達は、救いたいと思った子に出会った時に、心の声に従えた。

 置かれた状況はわからないけれど、間違いなく子供の私が誇れる、サンタらしい振る舞いをしたはずだ。

 それに引き換え私はどうだ。サンタ懲罰部隊に追われることを恐れて、何も出来ない。

 下級サンタだから、サンタらしい仕事が出来なかったんじゃない……

 どんな逆境であろうと多子供達の為に立ち上がった、初代サンタの崇高な魂も……誰かが決めた基準ではなく、自分の心で決めて、苦難の渦中にいる子の為に命をかけるお母さん達の覚悟もなかったから……

 サンタらしい仕事が出来なかっただけのことだ。

 もうサンタなどやめよう。憧れたサンタのように、子供に幸せを与えられる状況にありながら、危険に足が竦み、何も出来ない。

 生まれた時代や、家系が悪かったんじゃない。それらに恵まれていたとしたら、多少は理想のサンタらしく振る舞えたかもしれない。

 でも、世界を滅ぼすほどの巨悪が現れた時に、子供達の未来を願い立ち向かえる自分が想像出来ない。

 はなからサンタとしての覚悟が欠けていた。ただ自分が置かれた状況に不満を言うだけの、ただ力が強いだけの存在だった。

 一度心に決めてしまえば、後は早い。いや違う。ずっとやめようと考えていた。きっかけが欲しかっただけだ。

 悔いはある。辞めると決めてしまうと、流れる涙が止まらない。だけど私の夢は叶わない。だから、サンタを続けても意味がない。

 

 

<それでもサンタらしく……>

「うーん……ひっ! ごめんなさい! 叩かないで! ……っ下さい……」

 サンタとしての全てを諦観して、踵を返す私の耳に刺さる悲しげに怯える声。どうやらマナちゃんを起こしてしまったらしい。しかも私を、虐待しに来た屋敷の人だと思ったようだった。

 サンタ感覚でマナちゃんの状態が深くわかってしまう。発汗や脈が酷いとしか形容出来ない。気温と傷のせいで肉体がボロボロなだけでなく、私を見ただけで、心が壊れてしまいそうになっている。PTSDなんて生やさしい状態じゃない。

 一体どれだけのことをすれば、ここまで追い詰められるのだろう。マナちゃんはまだ十歳にもなっていないのに……

 ここまでなるなんて、どれだけ酷い扱いをされてきたのだろう。

「ひっぐ……ひっぐ……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 体を縮こまらせて、うわごとのように謝罪の言葉を吐き出し続ける。

 最初に見た時のマナちゃんは、あまりに悲しい夢にうなされていた。マナちゃんをサンタの私が放っておけるわけがなかった。

「大丈夫だよ。怖がらないで。私はサンタさんだよ。今日はマナちゃんに、幸せを届けに来たの」

 迷いはあった。でも体と口が勝手に動いていた。

 不思議と……いや、当然自分のした行動に後悔ははなかった。

 このことがバレたら、サンタ懲罰部隊に追われる身になる。でも、そうなっても殺されるだけで済む。

 ここで怯えるマナちゃんを見捨てたら、本当に最低のサンタとして、サンタ人生を終えることになる。

 そして今日のことを、一生後悔し続ける。心が死んだままで生きる。

 それは無残に殺されるよりも、悲惨だったはずだ。だから後悔はない。

「そうなの? 叩くんじゃないの……よかった……」

 真っ先に喜ぶことが、サンタに出会えたことではなく、暴力を振るわれないことなのが、胸を締め付ける。

「……お姉さん、サンタさんなの?」

「うん、そうだよ。サンタ手帳見てみる?」

 これは本来プレゼント倉庫に入るための物で、こうして一般人に、ましてや子供に見せるものではないのだけど、マナちゃんの緊張をほぐすためならなんでも使おう。

「こんなのあるんだ……本物のサンタさんに会えるなんて、嬉しいな……」

 よくよく考えると、サンタ手帳の存在は知られていないのだから、逆に怪しまれる可能性もあった。でも信じてくれたからよかった。

「……サンタのお姉さん……寒いから抱きついても良い?」

 私が本物のサンタだとわかって落ち着いたのか、マナちゃんは泣き止んでいた。そして照れながら、顔を少し下げて、こんな可愛らしいお願いをしてくる。

 無意識なのだろうけど、上目遣いになっているせいで、ものすごい破壊力になっている。

「別に良いけど、私の体冷えてるよ」

「やったっ!」

 こんなズルイおねだりの仕方をされたら断れるはずがなかった。

 マナちゃんが嬉しそうな声を上げながら、弱々しく私の胸に飛び込んでくる。

 飛んでくる物といえば、刃と鉛玉のサンタ人生だった。だからこんな風に甘えてくる子供に、どう対応すればよいのかわからず、戸惑いを隠せない。

「お姉ちゃんの体暖かい……えへへ……お母さん……」

 まだ十七歳で、お母さんと呼ばれるほど、頼り甲斐があるとは思えないけど、安心してくれてるなら、それほど嬉しいことはない。

「昔お母さんが読んでくれた、絵本に出てくるサンタさんにそっくり。綺麗で、優しい……」

「ありがとう。嬉しい」

 わしゃわしゃと甘えてくるマナちゃんが、寒くないように抱きしめる。

 昔、私が憧れていたサンタは、隠れてプレゼントを枕元に置いたり、お金や権力で子供を測る存在じゃなかった。

 困っている、悲しみの只中にいる子に寄り添って、救い出して幸せにするのがサンタだったはずだ。

 さっきの私よりは、少し憧れの三体近づけたかな……

 でも、今の私は無力で、マナちゃん一人、本当の意味で救うことも出来ない。

 マナちゃんをここから連れて逃げることは簡単だ。でもそんなことをしたら、サンタ懲罰部隊に、私だけでなく、二人とも追われることになる。

 マナちゃんを守りながらでは、半年も逃げおおせないだろう。二人まとめて処刑されるのがオチだ。

 一人なら、後先考えず死んで元々と、追われる身になっても、構わない。でもそんな境遇を、私の独断でマナちゃんにさせるなんて、無責任なことは出来ない。

 でもこうして、過酷な環境にマナちゃんを置いておくのも、無責任だ。こうしてお話までしたのだから、どうにかして助けてあげたい。

「サンタのお姉ちゃんは、名前なんて言うの?」

「私? ルシアだよ」

「ルシアお姉ちゃんのこと、お母さんたちに紹介してもいい?」

 そういった時の、マナちゃんお視線が藁の中に泳いだ。サンタ感覚をそこに集中させると、ペンダントが藁の中に隠されていた。

「うん。ぜひ、マナちゃんのお母さんに会いたいな」

 そう言って、マナちゃんが藁のベッドに潜り込む。ごそごそと藁の中を漁る音が辺りに響く。一分ほどしてマナちゃんが中から出てくると、その掌には、予想通りペンダントが握られていた。

「お母さんたちが、生きてた頃に、プレゼントしてもらったの」

 マナちゃんの首にかけるには、少し大き過ぎるペンダントを開いて、中に入った写真を見せてくれる。

 そこには私より年上の女性二人と、その間に挟まれている、今よりも更に幼い頃のマナちゃんが写っていた。

「お母さんが、子供の頃にサンタさんからプレゼントを貰って、いつか会ってみたいって言ってたんだ」

「そうなんだ……マナちゃんは優しいね」

 お母さんに、本物のサンタさんを見せられたことに、心から嬉しそうにしているマナちゃんを見て、思わず抱きしめてしまう。

 冷たいけど、暖かいマナちゃんの体を強く抱きしめる。

 あげられるプレゼントもなく、ここから連れ出してあげることも出来ない私には、これくらいしか出来ることがなかった。

 それでも何かマナちゃんにしてあげられることはないかと考える。

 すんでの所で、サンタとして繋ぎ止めてくれた、マナちゃんに何かお礼をしてあげたかった。

「マナちゃんは、欲しいプレゼントとかある?」

 捻り出した答えは結局、サンタらしくプレゼントをあげることだった。

 手元にプレゼントはないけど、蓄えが少しはある。深夜まで開いている店に行って、オモチャを買って来るくらいのことなら出来る。

 今更、サンタ規則違反なんてどうでもいい。マナちゃんに被害が及ばない範囲でなら、なんでもしてあげたかった。

「えっと……うんと……」

「遠慮しなくてもいいよ。無理なことだったら、無理って言うし。ね?」

「……私が何か持ってたらね、ご主人が奪っていっちゃうの……だから……」

 予想だにしていなかった言葉に胸が痛くなる。幼くして親を失い、奴隷として扱われ、私物すら奪うのか。

 マナちゃんは多くを語らなかったけれど、あのペンダントは二人の母との、思い出が詰まっている、大切な大切な物のはずだ。

 本当なら肌身離さず持っておきたいはずなのに……

 何か持っているとバレたら、奪われてしまうから、ああして人目につかないように藁の中に隠していたのだ。

 幼いなりに必死に考えたのだろう。限られた状況の中で選べる隠し場所としては、ほとんど最善だった。

「だから形に残らないものが欲しいな……」

 マナちゃんがさっきよりも強く、ギュッと抱きついて、甘えて来る。

「だから……こうさせて欲しいな……」

 サンタだからプレゼントだなんて、傲慢な発想をした自分が恥ずかしかった。

「わかった。好きなだけこうしてていいよ」

 サンタになって初めて、サンタとして報われた。マナちゃんの抱えている困難に、根本的な何かをしてあげたわけじゃない。ただ一時的に悲しいのを忘れられただけ。

 そうだとしても、私はマナちゃんのおかげで、根本的に救われた。子供の頃に憧れていたサンタらしく、最後は振舞うことが出来たから。

 最後の最後に救われた。サンタとして思い残すことはない。

「ルシアお姉ちゃん……わがまま言ってもいい?」

「私に叶えられることなら、なんでも言って」

「来年のクリスマスも、私のところに来て欲しいの……ダメかな……」

「サンタさんは良い子の所に来るんだよ? 言われなくても、来年も、再来年も来るよ」

 前言撤回だ。ここまでマナちゃんに求められて、サンタをやめてなどいられるか。マナちゃんを救えないことには変わりなくても、生きる希望になれるなら、そんなに光栄なことはない。

「ありがとう! ルシアお姉ちゃん!」

 大粒の涙を浮かべながら、汚れのない笑顔を浮かべているマナちゃん。それに釣られて、私も笑顔になってしまう。

 マナちゃんの人生を変えられたわけじゃないけれど、幸せな時間を過ごしてあげられたことが、何よりも嬉しかった。

 

 結局私は、夜明け前までマナちゃんと過ごした。それでも一緒に入られたのは、三時間にも満たない。そんな短い時間でも、私の荒んだ心を溶かしてくれた。