神薙羅滅の百合SS置き場

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下級サンタは挫けない 第二夜

 

<あらすじ>

 ルシアはサンタ協会本部へ呼び出しを受ける。

 それもサンタ懲罰部隊隊長を名乗るリコという人物から……

 マナとの関係を糾弾され、処刑されるのかと考えるが、リコの思惑は別にあった。

 

 

 

<二度目の十二月>

 

 マナちゃんと出会ってから、もうすぐ一年が経とうとしていた。

 サンタ懲罰部隊に追われることになると思っていたが、何事もなく、ここまで来てしまった。

 いくらマナちゃんに会いに行きたいと思っていても、追われる身では困難なのは事実だったから、平穏に一年が過ぎるのを願った。

 そうして十二月の中頃になり、もうすぐマナちゃんに会えると、胸を踊らせていると、サンタ協会から呼び出しがあった。

 サンタ評議会に所属しているわけでも、下級サンタの中で立場があるわけでもないサンタが、こんな時期に呼び出されるのは珍しい。呼び出されるのは大抵の場合、サンタ規則違反を咎められる時だ。

 そうでないこと願いたかったが、差出人がサンタ懲罰部隊三番隊隊長リコ、と書かれている。

 行かないわけにはいかない。戦闘になるのは、避けられないかもしれない……

 

 

<サンタ協会本部へ>

 

「どうも」

 リフトトナカイに挨拶してから、膝の高さまで雪が積もった銀色の地面に、降り立つ。 

 サンタ協会の本部であるクリスマスタワーは、数千メートルの高さを誇る切り立った崖の上に建てられている。初代サンタが仲間と共に、こんな荒唐無稽な地形を創造し、その上にサンタの拠点を構えたという。

 身を隠すのに最適だという理由で、こうしたらしいが、効果はありすぎたくらいだろう。初代サンタの時代と比較して、技術が大きく進歩した今でも、自力でここまで登るのは大変な苦労が伴う。

 この崖を己が肉体一つで踏破することが、サンタ評議会に入る試験になるらしい……なんて噂が立つほどには。

 そんな場所でに働くサンタ全員が、全員そんな身体能力を有しているわけではなく、ちゃんと崖の上まで運んでくれる、ソリが用意されている。

 私だってやろうと思えば踏破出来るだろうが、戦闘になる可能性を考えなければならない状況で、自分の限界にチャレンジ! なんてするわけがなかった。

 

 積雪に足を取られながらも、なんとかクリスマスタワーの正面玄関まで辿り着いた。侵入者対策の一環らしいく、かなり苦戦させられた。

 これでは逃げないといけなくなった時が大変だ。あの高さの崖を飛び降りて逃げられるだろうか……不安が募る。

「それにしてもキレイね……」

 ふと見上げると視界に入る、建物の装飾に息を飲んでしまう。サンタオーパーツとされる頑丈なレンガで作られた、焦げ茶色の建物の外観は、辺り一面に広がる白との対比で、落ち着くコントラストを演出している。

 建物のあちこちに吊るされた、決して消えることのないランタンも、クリスマスの夜を征くサンタの道しるべになるように、最適化されている。

 私の職場ともいうべき、下級サンタの支部とは外観だけでもあまりに差がある。

「こうして目の当たりにすると、格差を感じるなぁ」

 落ち着いて見られるのは今しかないと思い、満足するまで、美しいと噂のクリスマスタワーの景観を満喫し終え、初代サンタとトナカイのレリーフが施された、大扉を開いて中に入る。

 

 外観だけでも充分圧倒だったが、内装もこれ以上なく洗練されていた。

 壁にはサンタをモチーフにした彫刻が掘られ、天井にはサンタがプレゼントを配達するストーリーが描かれたステンドグラスに、光が差し込み、美しく鮮やかな光を放っている。

 働いているサンタも、私のみすぼらしいサンタ衣装とは似つかない。豪勢な装飾が施されたサンタ衣装を纏った中級サンタと上級サンタが、クリスマスシーズンということなのか、忙しそうに走り回っている。

 大広間の中央には、上階へ続く大きな階段がある。段差がそれぞれ階段の裏に仕込まれているオルガンと連動していて、クリスマスソングを奏でている。

 左手にはソリの発着場へと続く道と、そこへの入場を管理する受付サンタがいる。

 右手には本部内のサンタへ取次するための、受付があった。私の目的地はとりあえずそこだ。

 同じサンタのはずなのに、敵地のど真ん中にいる気分だ。

 そしてみすぼらしいサンタ衣装の私に、好奇の視線を向けて来るサンタを早足で横切りながら、受付に向かう。

「サンタ懲罰部隊三番隊隊長のリコに呼ばれたんですが」

「はい。今、確認しますね」

 受付サンタが、せわしなくあちこちに連絡している。

 慣れない雰囲気に気が滅入る。ガラクタの縄張り争いなどという、底辺の争いを遠巻きに眺めるのも苦手だが、こうした気品漂う雰囲気も苦手だった。

 その上、次の瞬間には、周り全てが、殺意を剥き出しにして、襲いかかって来るかもしれないのだ。

 相乗効果で、今にも死んでしまいそうだ。

「お待たせしたな。卿がルシアか」

 不安に慄いていると、階段の方から声をかけられる。

 振り向くと、腰に倭刀を下げ、スーツに似たサンタ衣装に身を包んだ麗人が立っていた。

「そうですけど……」

「よかった。来てくれないかと思っていたからな。ありがとう」

 懲罰部隊隊長であるリコの噂は度々耳にしていた。空間を裂く能力を持った、次元刀・トキムネを用いた縮地と、華麗な剣技で、数多の異端サンタを刈り続け、下級サンタながらサンタ懲罰部隊隊長の座に上り詰めたと。

 噂通りの出で立ちに息を飲む。懲罰部隊隊長の名に恥じない、堂々とした立ち居振る舞い。

 ただ立っているだけでも伝わって来る、強大な戦闘能力。

 こんな怪物を相手にして、真正面から戦って勝てる自信が湧いてこない。

「懲罰部隊の評判は悪いからな。だがそう怯えないでくれ。私はただ、気候が欲しいだけだ」

 そういって微笑みながら、右手を差し出して来る。

 それに反射的に答えて、手を交える……そして、さらったと述べられた言葉を、ようやく頭が理解した。

「付いてきてくれ。二人で話せる部屋を用意してあるんだ」

 ダンスの相手を導くような身のこなしで、私の手を引くリコに、戸惑いを隠せない。

 戦闘になる可能性も考えていたのに、ここまで有効的なのは、想定していなかった。

 罠とも思えない。真正面から戦えば勝てる私に、そこまでする理由がないからだ。

 ただそうなると、なぜわざわざ隊長自ら私みたいな、底辺サンタを呼びつけたのかがわからなくなる。

 懲罰部隊を退けてきたキャロルを下した戦闘能力を恐れて、隊長をぶつけて来るなら理解出来るが、そうでないなら検討がつかない。

 

 

<似ても、相入れぬ夢>

 

 クリスマスタワーの下層は、各部署の事務所になっている。中層は会議室や、客間に。上層に関しては、サンタ評議会が取り仕切っているとしか、下級サンタには知らされていない。

 リコに連れてこられたのは、中層にある客間だった。二人がけのソファーが向かい合って二つ置かれ、その間には小さなテーブルがある。

「楽にしててくれて構わない。私も元は下級サンタだったのでな。ここに来て、緊張する気持ちはわかるよ」

 緊張のあまりソファーに座って、あたふたしている間に、リコはテキパキと紅茶とお茶菓子をテーブルの上に広げていく。

「初めまして、だな。サンタ懲罰部隊三番隊隊長を、不肖ながら勤めているリコだ」

「初めまして……ルシアです……」

 ただでさえ落ち着かないのに、名乗る肩書きがないことで、余計に自分がこの場に相応しくないことを再確認させられて、余計に落ち着かなくなる。

「あの……私なんでここに呼ばれたんですか」

「去年のことを気にしてるんだろう? そのことへの謝罪と、勧誘の為に呼んだんだ」

「謝罪……」

 向かい側のソファーに腰をかけたリコが、そんなことを口にする。

 正直言って困惑した。組織に属している以上謝るのはどう考えても私の方だ。

 マナちゃんとのこともそうだが、キャロルの件だけでも、建物を半壊させているのだから、やりすぎと怒られても仕方ない。

「キャロルが配達先に選ばれたことに、作為があったことは予感してるだろう」

「……つまり、リコさんが仕込んでたと?」

「四分の一だな。下級サンタの中に、卿を排除したいと考えるグループがいるだろう? 彼女達にキャロルが接触したらしくてね。卿が配達に来るように細工してくれと。そこで利害が一致した」

 リコが言っていることは、私の予想通りのことだった。一年あれば一度は浮かぶ推測。

 配達先を派閥間で奪い合っていた。それはどちらが、どのサンタ評議会とパイプを持てるかという争いだ。

 勿論下級サンタが、サンタ評議員と直接連絡を取れるわけがない。繋がりを持てるとしたら、サンタ評議会が決めるまでもない、悪い子の配達先を振り分ける末端のサンタだ。

 そこが敵に回っている以上、私の元に来るのは、これ以上なく悪い子の配達先だけ。

 力で解決するのは容易だったが、それをすると異端サンタにされるからと避けていた。

 はっきり言って、今更改まって言われても、新鮮でもなんでもなかった。

「その情報を六番隊が仕入れてね。卿はもう知っているだろうが、キャロルと彼女の母親には大分と、懲罰部隊は痛手を与えられていてね。私が懲罰部隊に入る前のことだが、何人かの隊長が殺されているんだ。それでこれ以上懲罰部隊としては関わりたくなかった。とはいえ彼女達の戦闘能力は危険な上に、三世代前の物とはいえ、高性能な配達道具を所持していたから、対処しないわけには行かなかった」

「それで、私に丸投げしようとなったと」

「半分だな。懲罰部隊内の議会ではそう決まった。ただそれでは周りが黙っていなかった。これは知らないだろうが、卿は人気があるんだ。下級サンタ出身の懲罰部隊員には特に」

「はぁ……」

 私が人気? 冗談だとしても質が低い。私が好かれているとしたら、なぜ二大派閥から攻撃されているのか。

 でも、リコが真剣に言うものだから、勘違いしてしまいそうになる。

「今時珍しい、ストイックなサンタ像を体現していて、なおかつ実力が伴っているのは、私が知る限りでは卿くらいだ。私も含めてだが、下級サンタは、伝説の初代サンタに憧れていた人が多い。あのルシアを死地に逝かせることに、隊員から猛反発があったんだよ。無論私も」

 本心か、はたまた社交辞令か、ここでは判断出来なかった。サンタとして様々な人を見て来たが、リコという人物は、本質が掴めない。

 虚構で塗り固めたようにも、熱い魂で語っているようにも聞こえる。

 下級サンタが懲罰部隊隊長になるのは、現代のサンタ界では異例も異例。千年前ならともかく、今では前例がない。

 私が抱くリコへの印象は、この前代未聞を成し遂げた、彼女の底知れなさから来ているのかも知れない。

「それで落ち着いたのが、卿がキャロルを倒せば、私の部隊に引き入れるという結論だった。配達道具と共にね」

 そう言ってリコはテーブルの上に、口紅を置いた。これがリコの言う配達道具だ。

 確かにリコの言う条件は、サンタの常識からしたら、ありえない大出世だ。

 配達道具を持つことが許されるのは、上級サンタと一部の中級サンタのみだ。懲罰部隊も、そのほとんどは、サンタ技術で作られた、頑丈な剣や銃がメイン装備だ。

 配達道具持ちは、一つの部隊に数人しかいない、幹部クラスということになる。

 リコの本質は依然として判然としないままだが、この話は事実なのだろう。

 口紅に触れると、確かに配達道具にある特有の理の揺らぎを感じる。

 私との生体認証が済んでいないから、起動は出来ないが、部外者に安易に触れさせていい物ではない。

 ここまでのリコの発言は、全て事実だと信じるに足る、確かな物証だ。

 だが、ここまでの高待遇を約束されていても、私の感情は喜に属する物ではなかった。

「相当苛立ってるんだけど、それはわかってるのかな……」

「卿の怒りはもっともだ。なにせ卿は何も知らされず、全て決められたのだから」

「半分正解……そのこともだけど、私がサンタ懲罰部隊に入って喜ぶと信じているところが! この組織の倫理観もやり方も全部気に食わない! あなたのその身勝手なやり方も。話にならない」

 サンタ懲罰部隊に入る? ありえない選択肢だ。

 そこに所属するということは、今のサンタの倫理を認めることになる。マナちゃんを悪い子として、マナちゃんを痛めつける人を良い子とすることだ。

 それにそもそもマナちゃんに会いに行けなくなる。全くもって論外だ。

 リコには悪いが、懲罰部隊の生き様は、サンタのそれではない。

 私はお母さん達と同じように、サンタとして生きていたい。

 捨て台詞を吐く気も起きず、ソファーを立ち上がる。

「私は卿が好きだ。そうやって気に入らないものに、ノーを突き付けられるところがね」

 話しかけてきているが関係ない。何を言われても答えは既に決まっている。

「ここまでは表の話だ。今から裏の話をしよう。百パーセント、懲罰部隊隊長としてではなく、私の本心からの」

 その瞳は、今までの掴み所のない、どこか虚空を見ているような、ふわついた物ではなくなっていた。

 芯があるとか、魂が生きているとか、そういった類の。私と同じか、それ以上に熱い何か。

「今のサンタをどう思う? 私はこの組織が、初代サンタに誇れるとは全く思わない。世界中で幼い子供が奴隷の身分で、虐げられている。それを救うはずのサンタが、財閥や政府に、初代サンタから受け継いだ技術を提供し、奴隷制の後ろ盾をしている。許されることではない」

 リコの目に吸い込まれそうになる。リコは夢を見ている。子供達の明るい未来を願い、巨悪を討つ為に……

「だから戦力を集めてる。サンタ協会の膿を全て、滅却し得るだけの。子供達の未来のために、誇り高いサンタを取り戻すために、卿が必要だ。肉体だけで全てのサンタを凌駕する卿が、配達道具を手にすれば無敵だ。私の夢に賭けてくれないか?」

 それでも……私はリコの手を握る覚悟はなかった。

「……ごめんなさい。あなたのことを勘違いしていた。ただ身勝手な人だと」

「当然だ。そう振る舞っていた。それに事実、私自身の夢のために、卿を利用しようと、身勝手を通した。誹りを受ける覚悟は出来ている」

「そうじゃない……私はあなたとは違う。私は夢なんて見てなかった。ただ夢に酔ってただけ。知ってるでしょ。マナちゃんのこと……」

「あぁ。卿の人気と人柄のおかげで、なんとか握り潰せたが、少し危うかったな」

 リコが苦笑いしている。でも、そこに非難の色はない。どちらかと言うと称賛しているように見えた。

「私は救いたいと願うマナちゃんを、懲罰部隊から守り抜く自信がなくて、助け出せない臆病サンタ……協会全部を、もしかしたら世界全部を敵に回す覚悟、私にはないの」

「卿は自己評価が低すぎる。卿が退けたキャロルは、懲罰部隊隊長を幾度も打ち倒している。手合わせしたことがないので推測だが、私より強かったかも知れない。卿なら、マナちゃんを懲罰部隊から守り抜くことも不可能ではないはずだ」

「買いかぶりだよ。キャロルちゃんは油断してた。それは事実だから……」

 まっすぐなリコの言葉を受けても、私は決心出来ない。去年辛うじてサンタとしての矜持を首の皮でつないだ私には、壮大過ぎて……

「だからごめんなさい。あなたの願い、引き受けたいけど、私には出来ない。私は臆病だから、マナちゃんと年に一回合って、少し笑顔にするだけで満足する、矮小なサンタだから……」

 後ろめたさを感じながら、踵を返して、扉へ向かう。

 本当にしなければならないことが何かを理解していながら、後ろ髪を引かれながら。

「少なくとも私は、卿の願いを臆病だとも矮小だとも、決して思わない……それで救われる人は必ずいる。胸を張ってくれ。子供達の幸せを願う、私たちの夢は同じだ」

「……ありがとう。そう言ってくれると救われるよ」

「そうか……それより必要な物資があるんじゃないか? マナちゃんにあげるプレゼントはないはずだ。提供する準備がある」

 リコが切り出してくれた提案は、とても魅力的なものだった。

 マナちゃんにいいプレゼントをあげられるなら、そんなに嬉しいことはない

「でも、そこまでして貰う義理は……」

「身勝手を通したお詫びだと思ってくれ」

「ありがとう。欲しいものは二つあるの。大きなクマのぬいぐるみと、光学迷彩化装置が幾つか。厚かましくてごめんなさい」

「心得た。クリスマスイブまでに用意して、届ける」

「ありがとう」

「それと……これは単に私のわがままなんだが、次にあったら気安くリコと呼んでくれないか。それと、もっと砕けて話してくれると嬉しい。好意を寄せている相手に、そう喋られると……ショックなんだ」

「ふふっ……なにそれ。次に会ったら、友達。それでいい? リコ?」

 

 

<恵みある配達準備>

 

 クリスマス当日。氷点下を大きく下回る、倉庫では例年通り、派閥毎に大きなプレゼントの山を奪い合っていた。

 いつもの私なら、そこから遠く外れた場所で、ガラクタの山へ死んだ視線を向け、少しでもマシなプレゼントを探している。

 だが今年は違った。リコが良いプレゼントをこっそりと用意してくれたから。

 マナちゃんと同じくらいの大きさをした、クマのぬいぐるみを一つ。非の打ち所がないほどキョートなぬいぐるみ。

 おまけに用途も聞かずに光学迷彩化装置も、六個つけてくれた。

 それらを配達袋に詰めて、足早に自分のソリへと向かう。

 今年は」マナちゃん以外の所へ行くつもりはなかった。

 他の理不尽に遭っている悪い子を救えないかも知れないけど、私には確実な一人の方が大切だった。

「ルシアお姉様! お逢い出来て嬉しいです!」

 一つのプレゼントと、小道具が入った配達袋を、ソリに載せ終えると、背後から声をかけられた。

 聞き覚えのある、元気な声。間違いなくカナンの物だった。

 キャロルに囚われていた所を、私が救出してからは一度も会えていなかった。

 カナンと出会ったのは、私がまだサンタに夢を抱いていた頃。

 彼女はどこの派閥からもあぶれてしまい、下級サンタには研修もなく、初仕事で怪我をしたと聞いて、下級サンタが配達する上での危機管理について教えてあげた。

「災難だったね。気持ちの方はもう大丈夫なの?」

「心配しないで下さい。この一年で鍛え直したんです。ルシアお姉様に近付きたくて……」

「そうなんだ。元気そうでよかった」

 私が教えられたのは、一ヶ月と少しだけで、あとは時間が合えばという、薄い師弟関係。

 それでも吸収も早く、懐いてくれたのもあって、配達中に行方不明になったと聞いた時は、相当こたえた。

 なんとか助けられたし、サンタにも復帰出来て、本当に良かったと思う。

「それで……ルシアお姉様は、懲罰部隊に入るんですか……」

「どこでそれ、聞いてきたの? 私は入らないから安心して」

「本当ですか! よかったです! 一緒にサンタを出来なくなると思うと寂しくて……でもリコさん、ルシアお姉様のことが、好きみたいだから、心配で」

「ルシアも会ったんだね。いい人だよね」

「三ヶ月くらい前に……ルシアお姉様を取られたくなくて、何も答えませんでした」

「そうなんだ。私はこういうサンタらしいサンタを続けるから安心して」

「サンタらしい扱いをされる配達先なんて、一つもないですけどね」

「私は見つけたよ。少しでもサンタらしく振る舞える場所……」

 そこまで口に出して後悔する。カナンならマナちゃんともきっと仲良くなれる。

 連れて行ってあげたい。プラスになるかマイナスになるかは、本人達が決めればいいことだから、試しに。

 でも、これは重大なサンタ規則違反。去年はリコがなんとかしてくれたけど、今年も大丈夫な保証はない。

 そんな危ない橋を、大事なカナンに渡らせるわけにはいかない。

「ごめん。聞かなことにして」

「行きまっ……お姉様? 今なんて」

「カナンに危ないことさせられないから。何かあったらいつでも、声かけてね。絶対に助けるから」

 久し振りに会えたカナンとの逢瀬を楽しみたい。でもこれ以上一緒にいると、マナちゃんのことを勘付かれてしまいそうだ。

 そうしたらカナンのことだ。テコでもついてきてしまう。

 そうなる前に、逃げるようにソリを駆けた。

 

 

<二度の逢瀬>

 

 去年までの私は、配達件数トップだった。でもその座は今年から、別の誰かの物になる。

 もう私がマナちゃん以外の子供に、プレゼントを配ることはないかもしれない。

 小さな子供一人満足に救えないのなら、せめてクリスマスイブくらいは、ちゃんと側にいてあげたいから。

 

 去年も通った険しい坂を登りきると、まだ夜が深くないこともあってか、大きな屋敷の窓からは、内側のカーテン越しに光が漏れ出している。

 人影があわただしく動き、この屋敷が眠りにつくにはまだ早いようだった。

「少し早く来すぎたかも……」

 これではまだマナちゃんがあの小屋には帰ってこれていないかもしれない。もし帰って来ていないのなら、帰って来るマナちゃんを迎えてあげたら、喜んでくれるかな。

 その時の笑顔を思い浮かべて、胸が暖かくなった。

 

 去年と何も変わっていない、マナちゃんが住んでいる小屋へと、静かに足を踏み入れる。

 そこは一年経っても、断熱材を壁につけることもなく、ましてや暖房設備も着けられてもいなかった。

 凍える寒さの中で一人夜過ごす、マナちゃん想像して、心が冷たくなる。心なしか、床や壁の付着した、血痕の数が増えている。

 ここで起こったであろう苦痛に思いを巡らせながら、マナちゃんがいたベットに向かう。

 そこにマナちゃんの姿はなかった。胸中に不安が渦巻く。まだ帰って来ていないだけだと、自分に言い聞かせながら、サンタ感覚を研ぎ澄ませて藁に目をこらす。

 最近までここに子供が寝ていた跡が残っている。今朝もここで誰かがいたことまではわかる。

 ただその人の身長は、一年前のマナちゃんと数センチ違う。人が違うのか、背が伸びたのかまでは判別出来なかった。

 後者であることを願いながら、待つことしか出来なかった。

 

 ここに来て一時間が経とうとしている。時刻は十時になろうとしている。

 どう考えても子供が働いていい時間ではない。何かあったのかと思わずにはいられなかった。

 だが私に出来ることはない。屋敷の中に忍び込んで、探しに行ったところで、連れ出せる訳でもないから。

 だからこうしてマナちゃんが生きているのかという、不安の中で時が過ぎるのを待つしかなかった。

 こんな時にクリスマスの飾り付けでも、出来たらよかったのに。

 もし屋敷の人間に飾り付けられた、小屋を見られたとしたら、マナちゃんは罰を受けることになるだろう。

 私のせいで、マナちゃんが苦しむことになるなんて、許されない。

 悪いことばかり考えていると、小屋の入口から物音がした。

 人が引きづられている音と共に、入り口の扉が開く音がした。次の瞬間に、人が叩きつけられる音がした。

「えほっ……えほっ……」

 痛みを誤魔化すために、荒い呼吸を繰り返している。その声を聞いて、私は音を殺しながら駆け出した。

 聞き間違えるはずがない。間違いなくマナちゃんの声だった。

「マナちゃん! 酷いっ……」

 マナちゃんの体を見て、言葉を失った。去年はムチで打たれ腫れているだけだったものが、刃物で裂かれた傷跡に変化している。その傷はろくに治療されておらず、化膿している。

 それ以外にも、殴られた痕が全身にあった。食事も与えられていないのか、去年よりも更に痩せて、骨が肌に浮いている有様で、愛くるしかったマナちゃんは、見る影もなかった。

「ルシアお姉ちゃん……来てくれたんだ……嬉しい……」

「そんなこといいから!」

 マナちゃんを抱き上げて、そのあまりの軽さに寒気がする。

 マナちゃんに触れた手に、血糊が付いている。本当に死ぬ寸前だ。

 早く手当しないと。過去の配達中に撃破した異端サンタを、懲罰部隊へと引き渡す時に、くすねておいたサンタの秘薬があったはずだ。それを使えば、傷は治るはずだ。

「ルシアお姉ちゃん……あったかい……」

 

<一人の重さ>

 

 膝の上でマナちゃんが眠っている。

 一本で高級車が買える値段がするだけあって、効き目は良かった。サンタ戦では、内臓が欠損したり、四肢が千切れることは珍しくない。そうした傷を一週間で治すための秘薬だった。

 マナちゃんが受けた傷を治すのは、難しくなかった。

 安心したように寝息を立てるマナちゃんを見ていると、この世で最も価値のある使い方をしたと、胸を張って言える。

 しかしこれでは何も解決していない。せっかく傷を治しても、明日になればまた同じ傷をつけられるだけだから……

 去年の私はここにマナちゃんを残していても、なんとか生きていけると思った。私がマナちゃんの、生きる希望になれば及第点だと。

 馬鹿だった。酷い虐待を受けて、殺される可能性をわかりながら、放置するなんて、酷過ぎだ。ありえない。私は最低だ……

 でも、マナちゃんをここから連れ出したとして、その先に待っているのは、先のない逃亡生活だ。

 どちらの先も、マナちゃんを待っているのは破滅……それなら私といられる時間が長い道の方が、いくらかマシだろうか……

 この考えが自惚れなことくらいわかっている。マナちゃんにとって、私は薄情なサンタだ。

 マナちゃんが甘えてくれるから、母親代わりになれる気がしてしまう。こんなダメダメなサンタさんを、救ってくれるくらいに良い子だから、私に夢を叶えたと思わせてくれる。

 でもその実態は一年に一度しか会いにきてくれない、薄情なサンタさん。

 一番、懲罰部隊に感付かれる危険が少ないクリスマスイブにしか会いに来ない、最低のサンタだ。

「……ルシアお姉ちゃん……」

「起こしちゃった?」

 重い瞼を開いた先に、私がいたことに、ほころんだ笑顔を見せてくれる。それもほんの一時だけで、喜びの表情に影が指すのに、それほど時間はかからなかった。

「体が痛むの?」

「取られちゃった……」

 そう言ってマナちゃんは私に強く抱きついて来る。全てを奪われて来たマナちゃんから、奪える物は多くない。

 体の下に積まれた、藁を足で軽く揺らす。反射がなかった。大切に隠していたはずの、ペンダントが、もうそこにはなかった。

 どうして今までそのことに気付かなかった!?

 藁の中まで、サンタ感覚で探ったのに。

「……ごめんね……間に合わなかった……」

 こうならない為にと、リコに頼んで光学迷彩化装置を頼んだのに。一番大切なものを奪われてしまった後では、何もかも手遅れだ。

 きっと虐待が一段と酷くなったのは、マナちゃんが何かを所持していたからだろう。全て奪われていなければならない奴隷でありながら、隠し事をしていたから。

 主人に対して、隠し事をする知恵などあってはならないから。

「ルシアお姉ちゃん……私、もうここにいたくないよ……」

 涙で枯れ果てた声……マナちゃんの受けた苦痛を私は理解出来ない。下級サンタとして、鼻つまみ者にされている私ですら、ここまで酷い目にあったことはないから。

 その苦しみを正確に想像するのは、難しい。

 想像を絶する苦しみの中、生きているマナちゃん……去年のようにほったらかしにするなんて、きっと許されない。

「助けて……ルシアお姉ちゃん……離れたくないよ……」

 苦しんでいて、涙を流して助けを求めている子供がいる。自惚れだとしても、マナちゃんは私を頼りにしている。

 ここまで子供にさせておいて、理屈をこねてなにもしないなど、私の憧れるサンタの道に反する。

 決めた。マナちゃんをここから救い出そう。追手など蹴散らせるようになればいいだけだ。問題は今の私に、そこまで圧倒的な力がない。逃亡し続けるだけの知識も準備もない。

 リコには大丈夫だと背中を押されたけど、臨戦態勢でないリコに気圧されるようでは、懲罰部隊に本気を出されたら、マナちゃんと二人では、とても逃げきれない。

「……私……今からマナちゃんに辛いお願いしてもいいかな……」

 涙で赤く腫れた瞳が私を射抜く。もう逃げない。世界を敵に回す勇気はないけど、マナちゃんのために視力を尽くす覚悟は出来た。

「来年のクリスマスにマナちゃんを迎えに来るから……誰にも負けないくらい強くなって、ここから連れ出してみせるから! だからそれまで待ってて欲しいの……」

「私のこと……助けてくれるの?」

 こんなお願いを、すぐにでも折れてしまいそうなマナちゃんにしないといけないのが、辛くて仕方ない。

 今すぐ救い出せる強さがなくてごめんなさい。

「今、マナちゃんを助けられなくてごめん……凄く長くて苦しい一年をマナちゃんに押し付けちゃう。でもそこから先は、どんな悲しみも絶対に寄せ付けないから! だから!」

「……わかった! 私頑張るよ! だから……絶対だよ!」

「絶対に守るよ。マナちゃんを。サンタは良い子の元に来るんだから」

 マナちゃんが絞り出すように笑った。湧き上がる恐怖を押し殺すために。こんなことさせちゃいけない。

「ごめんね。辛い思いさせて。これで最後だから……」

 私はマナちゃんに救われた。今度は私が救う番だ。

 マナちゃんがこんな私を信じると言ってくれた。全て捨てるなんて生温いこと一生口にしない。全部手に入れる。マナちゃんを幸せ一杯にするために必要な全てを。

「これ。マナちゃんにクリスマスプレゼント。来年はもっとスゴイの持って来るから! 楽しみにしてて!」

「ありがとう……でも……」

「ここ押したら透明になるの。ほら! でも持ってるのが不安なんだったら、また来年持ってくるよ?」

 プレゼントをあげることには不安が伴う。万全とは言えなかったが、わざわざ探さないとわからないはずだった、ペンダントの在り処を掴まれたのだ。

 このぬいぐるみも透明に出来るだけで、触れればバレてしまう。そうなったらもっと酷い虐待を受けることになるだろう。

 リスクとリターンが釣り合っていないのはわかっている。

「……置いといて欲しい。ルシアお姉ちゃんが側にいる気がして、安心するから……」

 でもお守りとしてマナちゃんの側に、私のカケラを置いて行きたかった。

 マナちゃんを苦しめる呪いになる可能性を考えると、気が変になりそうだけど。

 子供達の味方だった初代サンタへ祈った。クリスマスの奇跡が、あと一年続くように。

 そこから先は、私が何があっても途切れさせないから。あと一年だけ、マナちゃんを守ってください……