神薙羅滅の百合SS置き場

百合しか書かないし、百合しか書けない! 陰鬱な百合がメインのブログになります

下級サンタは挫けない 最終夜

 

<あらすじ>

 マナを救い出すことを、決意したルシアは、サンタ懲罰部隊に立ち向かう覚悟をする。

 そんな仲で、ルシアはサンタ懲罰部隊から奇襲を受ける。

 状況がわからず、混迷する状況下で、ルシアはサンタらしくする。

 

 

 

 

<影からの一矢>

 

 いつものプレゼント倉庫の中の待機室で、最後の準備を整える。

 荷物は出来るだけ持たないようにしつつ、目立たないよう気を配りながら。

「去年、配達サボったみたいだけど、なんでなのかな?」

 すると見覚えのないサンタが、話しかけてきた。この地区のサンタを私は全員知っていたはずだ。つまり、今年サンタになった新人だろう。

 サンタ衣装の胸にバラのブローチがついている。確かこの地区の下級サンタの二大派閥である、ラース派に属している証だ。

「はじめましてだと思うんだけど、何か用事でもあるの?」

「鈍いの? せっかくいい配達先を斡旋してあげてたのに、それを仇で返されたって、リーダーが怒ってるの」

 話が見えて来た。私に嫌がらせしていたグループが、それを無視されるようになったから、こうして挑発して、私から暴力を振るわせようとしているわけだ。

 そして懲罰部隊に追われる立場にしようとしている。

 で、情けないことに、自分で煽りに行く度胸もないから、こうして新人に当たり屋をさせている。

「あなたも災難だったね。事情はだいたい察したから、もう帰りな」

 この一年、懲罰部隊に狙われることなく過ごせた。知識も戦闘力も可能な限り備えたつもりだ。

 ここまできてヘマは出来ない。いつものように配達に出かけて、そのままサンタ協会から去るのが、一番目立たず時間を稼げるはずだ。

 だからこうして、一刻も早くマナちゃんを救い出したい気持ちを抑えて、じっとしている。そんな私が見え見えの挑発に乗せられるわけがない。

「くっ……事情を察してくれたんだったら、私が無事で帰れないことくらい察してよ!」

 そういってこの子は、懇願するように、私の肩に両手を重ねてくる。

「なんの恨みもないあなたに怪我させられるわけないでしょ。やるなら自分で傷つけな。後でいくら私を悪く言っても構わないから」

 どうせその頃には、懲罰部隊に追われる身だ。罪が少し水増しされても構わない。

「そ、そう……だったら奥の手よ……」

 そう言ってこの子がポケットからペンダントを取り出した……ペンダント? それを見て、思考が一瞬止まる。

「あなた……どこでそれを……」

 それは間違いなくマナちゃんが持っていたペンダントだった。

「これがどうなっても……」

 右手で持ったペンダントを握りつぶそうとする左手を掴んで、それを止める。

「事情を変えるのが得意みたいね。場合によっては殴って貰えるかもよ?」

 この子が、何かの形でマナちゃんと繋がっているのは間違いない。いや、それ以上に悪いかもしれない。サンタ第六感と経験がそう告げている。

「な、殴るなら早くして!」

 ひどくおびえた表情で、訳のわからない脅し方をして、叫んでいるいるこの子の、背後の扉が開いた。

 初代サンタのトナカイのエンブレムが刻印された、格式高いサンタスーツを身につけていたサンタが三人入ってきた。

 サンタ懲罰部隊であることを示すエンブレムだった。

 彼女たちは部屋中を見回して、私を視界に収めると、迷うことなく私に直進してきた。悪い予感が当たるのが、思ったよりも早い……

「ルシアだな。直ちに処刑する」

 その威圧的な声を聞いて、目の前の不憫なサンタが恐怖に震えだしていた。懲罰部隊の登場は、聞いていないということか……

「罪状も告げずに? 横暴ね」

「罪状は今から付く」

「いいご身分ね」

 懲罰部隊の三人が腰に下げたサーベルを引き抜く。この子ごと貫く気だ。私が殺したことにして、処刑を正当化するつもりだ。

 そのことに気づいて、この子は震えている。

「どいてて」

 握っていた手を離してから、目の前のサンタの右足へ足を絡ませ、横転させる。

 その直後、頭上からサーベルが振り下ろされた。それを左手の人差し指と中指で挟み込んで受け止め、前蹴りを目の前の敵サンタの腹部に叩き込む。

 勢いよく吹き飛んだサンタは、壁に叩きつけられ、血を吐きながら気絶した。

 それを見て、後ろで控えていた二人も、サーベルを構える……よりも早く、サンタ瞬発力で一気に距離を詰め、二人の鳩尾に殴打を入れ、一撃で沈める。

「ちょっ……はっ……なっ、なに?」

「こっちが聞きたい。ついて来て貰う」

 懲罰部隊の連中、やり方がムチャクチャだった。どう考えても普通じゃない。背後に蠢く何かを、隠そうともしていない。

 倒れ込んだ名も知らぬサンタを担ぎ上げて、廊下に出る。至る所から話し声が聞こえる。聞き知った声から、馴染みのない威圧的な声まで。

 思ったよりも状況は悪いのかもしれない。慎重にどこか隠れられそうな場所を探す。

 

 一分ほど倉庫内を探し回って見つけたのは、ロッカールームだった。着替えを終えている今の時間なら、人がほとんどいないからだ。

「何があった! さっさと話して!」

 手段を選ばず、名も知らぬサンタを六花に脅すように押し付ける。

「私も知らない! ただボスに、ルシアを脅してこいって……」

「このペンダントはどこで手に入れた!」

「脅しの道具に使えって渡されただけで、何も知らないの! なんで私が懲罰部隊に殺されなきゃならないの!?」

 必死に頭を巡らせる。下級サンタにすぎないあの女に、懲罰部隊をこんな風に動かすことは不可能だ。動いているのはもっと上層部のサンタ。

 私が面識のある上級サンタは、リコしかいない……だが彼女がこんなことをするだろうか。三十分も話していないが、リコはこんなことをするはずがない。

 リコなら事情を知っているかも知れないが、私から連絡をとる手段はない。状況が全く見えない中、独力で切り抜けないと。

「お、お願い……殺さないで……」

「……殺さないよ。ただ面倒だから寝てて」

 淡々と首に両腕を巻きつけて、意識が落ちるまで力を込める。

 意識がなくなったのを確認してから、力を抜いて、この子の手に握られた、ペンダントを取り返す。

「こんなはずじゃなかった……」

 状況は何も見えていない。それでも黒幕ではないかという、心当たりはある。マナちゃんが仕える屋敷を担当するサンタだ。

 彼女の名前もわからない。上級サンタだということしか知らない。だがマナちゃんのペンダントを手に入れられる立場のサンタなのは確かだ。

 ずっと疑問だった。誰が、あの隠し場所に気付いたのかと。サンタが見ていた。監視していた。いつ、どこの場面かはわからないが、確実に。

 サンタの魔の手がマナちゃんに迫っている。

 マナちゃんが危ない。あの苛烈な虐待も、このサンタの指示かもしれない。そうなると、この状況では、マナちゃんの身に何が起こっても、もうおかしくない。

 私とマナちゃんのどちらが目的か……そもそもそのどちらかなのかさえ、わからない。悲劇の芽は無限にある。一秒も無駄には出来ない。

 時間があるかないかもわからない。とにかく最短距離だ。今の時点で懲罰部隊が全て敵で、包囲されているのなら、正面突破しかない。

 覚悟は決まっていた。だがこれは想定外だ。それでもベストを尽くす決意を固め、廊下へと続く扉を開ける。

 すると目の前にリコが立っていた。黒幕ではないのはわかっている。接点は薄いけれど、大切な友達だ。

 だが懲罰部隊である以上排除するしかない。

 あの得体の知れない刀を抜かせたら激闘になる。そうなる前に終わらせようと、右手をトキムネの鞘へと伸ばす。

 だがリコの方がわずかに早い。それでも手首を掴める……

「落ち着け、敵じゃない」

 リコの手首を掴んだ。それと同時に、リコは鞘ごとトキムネを地面に叩き落とした。

「安全なルートを知っている。あまり質はよくないが、電動のソリも用意してある。詳しくはその道中で話す。いいな」

「うん。ごめん……敵じゃないのはわかってた……でも……」

「冷静な判断だ。だが時間がない。行くぞ」

 リコが素早くトキムネを拾い上げて、私の手を引いて、淀みなく駆け出す。

 

<災禍明ラム>

 

「ハイサムを知っているか?」

 リコの切り出しは、明瞭だった。状況を正確に把握していて、なおかつ冷静。凄く頼もしくて、私も冷静になれた。

「知らない」

「懲罰部隊九番隊隊長だ。彼女の指令で、卿の処刑指令が出た」

「そこまで恨まれるような、心当たりがないんだけど」

「……すまない。責任の一端は私にある」

 意外な言葉に動揺を隠せない。リコの発言にはいつも驚かされているが、なんて茶化すきにもならないほどに。

「卿にキャロルを討伐させる案が出た時点で、懲罰部隊の一部で、人望があり、実力もある卿を危険視する流れがあった。私が卿を引き入れるという話が出た時点で、その流れが頂点になった。卿がそれを蹴ると、落ち着いたし、私も手を回して、穏便位済ませようとしたのだが……」

 リコが、少し言い渋る。

「三年ほど前からハイサムの部隊にはキャロルの討伐指令が出ていた。配達道具持ちを何度か派遣して、全て返り討ちにされて。そんなっ状況で、配達道具も持たない、下級サンタがキャロルを倒したとあって、九番隊の権威は底に落ちた。卿に泥を塗られたと、相当恨んでいた。それが今日最悪な形で表に出てしまった。本当にすまない……」

 リコが先導してくれている道は、そり置き場へ向かう道ではなく、倉庫の裏口へ向かう、最長ルート。これ以外の道は殺気立ったサンタの気配が木霊していた。

「おおよそ察しているだろうが、ハイサムは、マナちゃんが、仕える主人の専属サンタだ。半刻前、彼女は、卿がマナと親しくしている映像を証拠として突き出して来た。私の知らないところで、手を回していたようで、なす術がなかった。すまない」

「せっかく一年ぶりに再会した、友達に謝り倒されるのは、あんまり気分良くないから、顔上げて」

「……すまない。貴公を仲間に引き入れようとしなけれな、こんなことには……」

「リコって真面目だよね」

 謝らなくてもいいと言ったのに、頑なに謝り続けるリコを見てそう思う。

「どうせ追われる身になる予定だったから、気にしてないよ」

 リコは悪くない。そもそも私はいつ懲罰部隊に追われてもおかしくないことをしてきた。

 それを今まで必死に表面化で抑えてくれてた。沢山迷惑をかけたのは、私の方。

「今まで守ってくれてありがとう。でも……もう少しだけ手助けしてくれる?」

「無論だ。その気がなければここまで来ない」

 リコの言葉に勇気付けられる。

「それで、マナちゃんを連れ出すつもりの今日に合わせて来たのは、偶然じゃないよね。わざわざこんな物を、今日送りつけて、挑発してくるくらいだから」

 ポケットに入った、ペンダントを強調するよう揺らして、リコにさっきの出来事を軽く説明する。

「ハイサムは残虐なサンタだ。卿の前でマナを殺してから、あるいは順は逆かも知れないが……どちらにせよ、卿を地獄に堕とそうとしているのは確かだ」

「私が助けると誓った日に、マナちゃんを絶望の中で殺す……」

 最悪の結末を思い描いて、背筋が凍る。私が関わったせいでマナちゃんが苦痛にもがいて死ぬ……そんなこと許されない。

 苦難から、地獄から、絶望から、救うための私だ。それの呼び水になるなんて……それもこんな形で。

「そんなことさせない。そうなる前に必ず止める」

 そいう自分に言い聞かせる。

 リコが裏口の扉を開けた。そこはまだ、懲罰部隊の手が及んでいなかった。

「この先の林の中に隠してある。もう少しだけ付き合ってくれ」

 ここを通るのは初めてだ。いつもは正面からソリを引いて配達に出かけていたから。後ろを振り向いて、嫌な思い出しかない、ボロボロのプレゼント倉庫を見送る。二度とここには戻って来ない。

 生い茂る木々に隠れて、倉庫が見えなくなる。それからすぐに今度は、私が使っていたものとは、比べ物にならない、ソリが見えて来た。

「生体認証のないソリが手元になくてな。こんな程度しか用意出来なかった」

「いや、こんなにいいのに乗ったことないから、充分過ぎるよ」

 電動ソリだからと言って、見た目がSFチックになるわけじゃない。配達道具と同じように、理を歪めることで、駆動するからだ。

 操縦席に乗り込んで、動作を確認する。役に立たないと思っていたけど、ソリの乗り方を復習しておいてよかった。

「……私のせいなのに、この程度の助けしか出来なくてすまない……」

 血が滲むまで、唇を噛み締めている。リコは責任感が強いのは、わかっていたが、ここまでとは。私のことで責任を感じ、自責の念に駆られているのだと思う。

「今日ほど、立場がある我が身を呪ったことはないよ……」

 その言葉が意味することは、理解出来た。私と一緒に行きたいんだ。

 でもリコが明確にサンタ協会の決定に反した行いをすれば、彼女の部隊員の身まで危うくなる。

 責任感の強いリコには、あまりに苦しい板挟み。

 それでも冷静に、自分が出来ることを見極めて、私を助けに来てくれた。

 本来なら私へ、ここまで肩入れするのもリスキーなはずなのに。

「あんまり気に病まないで。最終的に、私が置かれる状況は変わってないから。むしろマナちゃんの近くに、危険なサンタがいるとわかってる分、今の方がマシかも」

「そうやって、慰めて貰える程度には償えたと思おっておくよ」

 ソリの電源を入れて、動作を確認する……ぶっつけだけど、これならなんとかいけそうだ。

「お願いがあるんだけど、カナンと、ロッカールームでバテてるサンタを保護して上げて。カナンとは仲が良かったから、危ない目にあうかもしれにから……あと何も言わずに、去ってごめん、て伝えて欲しい」

「見送るものの務めだ。しかと心得た」

 操作基盤に光が灯り、発信準備に取りかかれる。

「情報としては弱いが、ハイサムの配達道具はカメラだ。任務の時に、持っているのを見かけただけで、能力はわからないが、ともかく撮られないように気をつけろ」

「ありがとう。そこまでわかったら充分だよ。配達道具の形状だけで、注意を絞れるから」

 ソリのエンジンをかけると、ソリ全体が車のように揺れ始める。準備は出来た。

「後ろの配達袋に色々と詰めておいたから、必要に応じて使ってくれ」

 それを聞いて、片手間で中身を確認すると……とんでもない量の物資がいっぱいに詰められている。

 値段だけでも、私の年収分では足りないと思う。

「ずっと疑問だったんだけど……私に尽くし過ぎじゃない? 正直、不気味なんだけど」

 最後かも知れないと思って、去年から思っていたことを口にする。

 すると頬を赤くして、こんなことを言い出した。

「それはすまなかったな。まぁ、安心してくれ。単に卿が好きなだけだ」

「思いっきり、下心じゃない……警戒してて、正解だった」

「地味に傷付くな……まぁ、他に強いて言うなら……貴公の親に少し恩があるんだ」

 そう言った時のリコは、この世の物とは思えない穏やかな瞳で、私を見つめていた。

 その目は、目の前にいる私と、私が受け継いで来た何かを見通しているみたいで……そうか、きっと、

「リコ……あなたもしかして、」

「ほらっ! 時間がないんだろう! さっさと行け!」

 私に有無を言わさず、リコはソリに身を乗り入れて、半ば強引に、思いっきりアクセルを踏んだ。

 ソリ素人の私でも、これではもう、すぐには止められないとわかる激しい、加速度が生じ始める。

 発信を止めるのはもう不可能だ。

「いつもいつも勝手に……その話、今度詳しく聞かせて貰うからね!」

「わかったよ。その時までに、台本を用意しておく」

「あと、次会ったら、リコの夢叶えるの手伝うから!」

「それは楽しみだな」

 それがリコと交わした最後の……じゃなくて何百目かの言葉だった。

 エンジンの豪快な音と共に、しんしんと雪が降る夜空へと駆け出した、高性能なソリを止める手立てはなかった。

 

 リコと交わした今までの言葉が胸に響いている。お母さん達は非業の死を遂げたのだと思っていた。子供を守れたのだとしても、ただそれだけのことで、その子はもう死んでいて、サンタとして矜持を示しただけの死だったと。

 でも違った。サンタとして、最高の仕事をしていた。その子は、ちゃんとお母さんたちの意思を継いでくれてたよ。

「私も親に似たのかな」

 私も子供を守るために行動している。血は争えないみたいだ。

 本当のお母さんたちを知れた。そして少しでも自分が近づけた感じがして、それが少し誇らしかった。

 

<サンタの初仕事>

 

 マナちゃんが住む小屋を眼下に捉えた時の私は、楽々着陸出来ると思った。その見通しが間違っていたから、今私は雪に埋もれているのだが。

「これは過去一番の、やらかしかも」

 体に付いた雪を振り落としながら、一人愚痴る。配達道具持ちのサンタがいるとわかりながら、自分から侵入を知らせるだけでなく、隙まで晒するのは、流石に頂けない。

 やはり慣れないことはしないほうが身のため、なんて教訓を得つつ、マナちゃんがいる小屋を目指す。

 とりあえず、服に仕込める範囲の武器以外の荷物と、ソリは雪に埋めておこう。そんな些事は、マナちゃんを保護して、ハイサムを退けてからだ。

 ここ数日の豪雪で足を少し取られこそするが、幸い今は吹雪いていないから、視界は確保出来ている。

 これなら視界外から能力不明のカメラで撮影されて、訳も分からずハメ殺される……などという最悪の結末は避けられそうだ。

 それよりも問題は、ハイサムの部隊が待ち伏せしていた場合だ。その時は、相性差も経験値の差もなく、配達道具の数で圧殺される。

 配達道具持ちを、私情では動員出来るほどの求心力がないことを祈るしかない。

 マナちゃんがいるはずの小屋が、目の前に見えてくる。サンタ五感を総動員して、周囲の気配を探る。中に一人、女の子がいる。マナちゃんだ。ここでわかる範囲では、生命活動に問題はなさそうだ。

 彼女以外の気配はない。呼吸や脈の音もない。だが対サンタ戦特化の懲罰部隊隊長が、待ち伏せするとして、そんなヘマをするはずがない。

 実質情報なしだ。死角になりえる箇所へ、ナイフを投擲して、安全確保。地雷に注意しながら、小屋へ駆け寄る。

 ここでの生活を考える必要がない今、玄関から入る必要もない。問答無用で、壁を体当たりで、ぶち抜いて突入する。

「ルシアお姉ちゃん!? なんでそこから」

 マナちゃんは、去年会った時よりも少し大人びていた。体に目立った外傷はなく、大事そうにクマのぬいぐるみを抱えている。

 その姿をみて胸をなでおろす。

 ともかく無事でよかった……でも、無事なのが逆に不気味だ。怪我をさせておくほうが、連れ出して逃げるのがずっと手間になるのに。

 突発的な行動ならそういう不備があるのも理解出来るが、ハイサムは計画的だったはずだ。

「マナちゃんを狙ってるサンタがいるの」

「サンタさん? サンタさんはみんな良い人じゃないの?」

「今は変わっちゃったの……あとで詳しく話すから、今は私のことを信じて付いて来てくれる?」

「ルシアお姉ちゃんを疑ったりなんかしないよ。助けに来てくれてありがとう!」

 初めて見るマナちゃんの元気そうな笑顔に、胸が高鳴る。

 だが惚けている余裕はない。マナちゃんが無事な理由は、既に敵の能力の術中にあるからだとしか思えない。

 射程がある能力であることを願い、早くここを離れるべきだ。

「私が絶対守るから、安心して! それじゃ、行こう!」

 マナちゃんの右手を固く握る。辛いだけの今を抜け出して、外に広がっている希望に胸を踊らせている。ここで、その夢を潰えさせない。

 それは私の夢でもあるから。子供に夢を、希望を届けることをやめた、サンタ教会から抜け出して、本当の意味でサンタになるために。

 二人で一緒に、明るい未来へ向かって、その一歩を踏み出した……はずだった。

 初めの一歩が地面に着いたと同時に、後ろにいたマナちゃんの胸が裂け、夥しい量の血が、私の体を紅く染め上げた。

「ルシア……お姉ちゃん……」

「マナちゃん!」

 後ろに倒れこむマナちゃんを、夢中で抱き寄せる。

「しっかりして! 目を開けて!」

 マナちゃんは突然の大量出血に耐えられず、気を失っている。それと同時に、外の寒気が、半ば死に亭の体から体温を奪っていく。

 止まりかける思考を強引に回して、リコがくれた荷物にあった、秘薬をマナちゃんの口に運ぶ。

 前にあげたのより質は劣るが、これくらいの傷なら、これでどうにかなる……ストックも何本かソリにのせてくれている。

 心が絶望で染まる……私がマナちゃんを吸おうとしたせいで、こんな大怪我を……

 悔やんでる暇はない。それでも外科的な処置はしないと、出血は止まらない……だが……それよりも先にしないといけないことがある。

 能力を解除しないと……再現性のある能力なら、治療しても無意味だから。

 

<夢見るサンタは挫けない>

 

「……いるんでしょ……出て来たらどうなの……」

 マナちゃんを、リコがくれた、耐刃・耐熱仕様の保護用配達袋に包んで、それを背負う。

 さっき開けた大穴から、足元の覚束ない雪原に踏み出す。

「そうだ! その顔が見たかった!」

 小屋の屋根からの声に、思考するよりも早く体が動いていた。

 怒りに任せて、体を跳躍させ、屋根をめがけて蹴り払いを放つ。

 自分でも驚くほど、容赦のない一撃に、屋根どころか、小屋全体が跡形もなく吹き飛んでいた。

「そこまで怒ってくれるなんて、嬉しいよ。あれこれ準備した甲斐があったな」

 ハイサムは素早い身のこなしで、蹴りの余波さえも回避していた。

 二人同時に着地して、互いに相手を視界に捉える、距離は五メートル……サンタなら瞬きの間もなく詰められる距離に、ハイサムはいた。

「準備? 何も知らない無抵抗の子供相手に、配達道具ぶつけるのがか? 懲罰部隊隊長が聞いてあきれるな」

 怒りで体が自動で動くのを、理性で諌める。向かい合い、近いとはいえ、中距離の状況では、不意を衝けない。

 ただでさえ、配達道具持ち相手で分が悪い。感情で動いて、勝てる戦いを落とすのは、最悪だ。

「お前みたいな、悪い子のために、人生捧げる異端サンタには理解出来まい……お前のせいでどれだけ辛酸を嘗めたか。配達道具も持たない下級サンタに、遅れを取ったせいで」

 ハイサムの言葉に含まれる怒りは尋常ではなかった。怒りのあまり、血液が沸騰しているのか、彼女の周りだけ、雪が溶け、埋まっていた草花にまで火がつくほど。

「まぁいい。俺はスナッフムービーを撮るのが趣味でね。去年はそこの女で軽めのを撮ってたんだが、少々飽きた」

「……殺されたいのか?」

 だがキレているのは私も同じだ。マナちゃんにここまでのことをされて、殺意を覚えない方が無理だ。

「立場がわかっていないみたいだな。主役がお前になるって話をしてる。手始めにお前の四肢を切り落とす。その後で、俺と背負ってる女との撮影会を、じっくり鑑賞して貰おうか」

 奴隷にしたのはハイサムではないのだろう。だが、私と出会ってからの、マナちゃんにした凄惨な虐待の元凶は、こいつだ。

 子供に、それもなんの悪もなしていない子に、理由なく暴力を振るうサンタを、私は許容しない。

「……いい脚本だな。でもスケジュールがこの先、二人ともずっと詰まっててね。付き合えそうにない」

 私のせいで、私がマナちゃんを守ろうとしたから、こんな残虐なサンタの標的にされてしまった。

 知らなかったではすまない。こんなに痛い思いをさせて、もうどう償えばいいかもわからない。

 だから負けられない。ここで終わったら、マナちゃんが傷ついただけで終わってしまう。そんなバットエンドを届けようとするサンタは、必要ない。

「お前のせいで、そいつは地獄の淵で死ぬ。その時のお前を撮れれば、ようやく俺は救われる」

「あなたみたいな、子供に不幸を届けるだけの異端サンタが、救われていいはずがないでしょ」

 今までで一番のサンタ膂力を両足に込める。悪い子相手の時のように、加減はしない。全力で排除する。

「私はサンタだ。子供に幸せを届ける……夢を叶える!」

「サンタは俺だ! そして異端かどうかは俺が決める!」

 

 ハイサムは首にかけたカメラではなく、右手で胸ポケットから三枚の写真を取り出した。

 能力の準備であることは間違いない。能力を起動される前に、発動を止めるしかない。

 足に貯めたサンタ膂力を解放して、雪面を一気に駆ける。

「遅い!」

 私が走り出すと同時に、ハイサムは腰ポケットから、左手でライターを取り出し、一枚の写真を燃やした。

 その瞬間に思い浮かぶ最悪の結末……あのカメラで撮った写真にしたことが、被写体に起こる能力なら、あれでマナちゃんが焼かれて、

「……違っ!」

 ハイサムとの距離二メートル。炭になったマナちゃんが脳裏によぎったと同時に生じた、足元からの熱風で、冷静さを取り戻した。

「やばい!」

 咄嗟に走るのをやめて、スライディングで少しでも距離を稼ぐ。直後、さっきまで私がいた場所に紅蓮の柱が立ち上がった。

「おまけだ!」

 安堵する余裕もなかった。ハイサムが持つ写真の一枚が、指先で貫かれている。

 直感的に次の攻撃を理解して、スライディングの体制から無理矢理上体を起こし、残ったサンタ膂力で空中へ飛ぶ。

 それと同時に、地面から鋭利な岩盤が、空中の私に向かって隆起してくる。

「全く馬鹿げてる!」

 岩盤が伸びる速度は速く、回避しきれないと理解する。ポケットからナイフを取り出して、岩の先端に突き刺す。

 岩との力比べに負けるはずもなく、自分と岩の速度を落としてから、岩壁を蹴って、ハイサムへと跳ぶ。

「これは危ないな」

 空中制御の利かない直進する私を迎撃する訳でもなく、ハイサムは手に持った最後の写真を軽く右になぞった。

 すると、ハイサムの体は強風に煽られたかのように、勢いよく吹き飛んだ。

「くっ……」

 刹那の直前までハイサムがいた場所に着地して、仕切り直されたことに頭を悩ませる。ハイサムは四メートル離れた位置に、着地していた。

 能力は掴めた。さっきの推測で当たっていた。地面に捨てられた、写真の残骸を拾って、確認すると、さきの攻撃場所が映されていたから。

 試しに写真を傷付けてみてもなにも起こらない。おそらくハイサム本人が撮影して、写真に作用しないと、能力が発動しないのだ。

 拾った写真をポケットに入れて、考える。

 強い能力だ。特にこうして、事前に辺りを撮影しておける状況では特に。

 風景を撮影して攻めに使える。自分を撮影しておいて、物理的に困難な回避をさせ、防御に応用することも出来る。おまけにあのカメラで敵を撮影しても勝ちだ。

「キャロルに勝っていい気になったみたいだが、本来配達道具持ちには勝てないんだ」

「今、私を撮れたよね。でも、それで回避が遅れて、インファイトになるのを恐れた。それは、積ませてる側の思考じゃないよね」

「挑発のつもりか? リスクを冒さず、甚振りながら、のびのび戦えば勝てるんだ。それに趣味なんだ。そういう殺し方が」

 もはや残虐性を隠そうともしないハイサムが、新たに九枚の写真を胸ポケットから取り出す。

「お察しの通り、お前が背負ってる女を撮った写真は沢山持ってる。胸のところで破いた写真もな。欲しいか?」

「ふざけろ」

 会話中に、サンタ膂力を貯め直す。間髪入れずに攻め立ててこないのは、弄んでいるのか、能力の制限かは判然としないが、安直に攻めにも行く分の、サンタ膂力を貯め直さないと、戦いにならない。

「まぁ、ゆっくり愉しもう。女の写真を人質にするのは、追い詰められてからにしてやる」

 マナちゃんをこれ以上傷付けさせるわけにはいかない。

 追い詰めてからではなく、一気に致命傷を叩き込む方法を考えないと……

「さて、そろそろ休み終えた頃だろ。続きを始めようか!」

 ハイサムが一度に三枚の写真を、宙に放り投げ、それらを手刀で一度に切断する。

 次に何が起こるかを理解する。だがどこに攻撃されるかはわからない。

 決断するまでもなく、私はハイサムに向かって駆け出した。

 

 周囲からそよ風を感じる。前方の視界が、知覚出来るほどの激しい鎌鼬で歪む。

「やばっ……」

 体を左に逸らして避ける。その先で、左脇腹が風で切り裂かれた。後方から生じた鎌鼬を認識出来なかった。

 間髪入れず、頭上から空を裂く音がした。体勢が悪い……走力を得られず、サンタ膂力で無理矢理、前に跳躍する。

 それを待ち構えていたように……いや、待ち構えていた。着地点になる場所から岩が突き出してくる。おまけとばかりに、挟み込むようにもう一本追加で。

「くっ……」

 宙で体を曲げれば直撃は避けられる。だが、そうすると背負ったマナちゃんに直撃するか、最低でも掠めてしまう。

 ナイフをもう一本取り出して、両手に構えたナイフで、それぞれの殺意はこもった岩を殴りつける。

 ほぼ全力のサンタによる殴打で、岩は砕け、衝撃の伝わった地面にまでヒビが入る。

 ナイフの方も無事ではなく、刀身がボロボロになる。が、そんなことは無視して、ハイサムへ向けて、ナイフを亜音速で放つ。

「そんな苦し紛れが当たると思うか!?」

 ハイサムの足元に燃えている写真が二枚落ちている。投げたナイフはなんなく、手に持ったカメラで左右に叩き落とされている。

 状況把握を終え、空中で体をきりもみ回転させ、加速を得つつ着地。そのまま一直線に走る。

 真正面と右から、吹き上がる火の粉が見えるが、構わず直進する。

 直後、吹き上がる業火の竜巻に飲まれる。体が少し焼けていくのを感じるが。数秒ならサンタ耐久力で無視出来る。背負ったマナちゃんは、リコがくれた配達袋の耐火性能を信じる。

 リコのおかげで、憂いなく業火へ飛び込めたおかげで、一切の減速なく、圧倒的走力で焔を駆け抜けて、そこから飛び出す。

「この狂人がっ!」

 火のついた私を見て、ハイサムが狼狽している。視界の端に映る、切り裂かれた二枚の写真と、背後から聞こえる風の音。

 四方を炎で囲み、それを避けるために空中に逃げた私を、鎌鼬で迎撃する。その程度は流石に読めていた。

 必要だったのは、痛みを受け入れる勇気と、リコを信じること。

「追い詰めた!」

「それは勘違いだ!」

 ハイサムに向けて飛び蹴りを放つ。それが当たる直前、ハイサムの体が不自然な動作で左に飛んだ。

「追い詰めた……と、言ったよ」

 さっき投げたナイフにはリコがくれたワイヤーを括り付けておいた。以前くれた、光学迷彩化装置も付けた上で。

 避けられること前提で、控えめに放った飛び蹴りから、綺麗に着地。左に落とされたナイフへと結ばれた、ワイヤーを勢いよく跳んだ、ハイサムの高さまで、全力で引き上げる。

「お前! まさか!」

 視認出来なくとも、私の動作を見てハイサムは、自分の置かれた状況を理解したらしい。咄嗟に写真に写る自分を勢いよく上になぞる。

「遅い!」

 能力の発動にはタイムラグがある。それを見越して、両足を落とせると踏んでいたが、ハイサムは体を上にずらす。直後、彼女の体に、通常ありえない力が加わり、上空へ吹き飛ばされた。

「オマエッッ!!!」

 一心不乱の回避で、浅かった。ワイヤーで切り落とせたのは、ハイサムの右膝の下だけだった。

「コロスッッ!!!」

 激痛と屈辱に憎悪を滾らせるハイサムは、自分の写真にもう一度手をかけようとする。

 が、すでに投擲し終えていた、ナイフがその写真を突き刺しハイサムの手から落ちる。

 空中制御を失いつつあるハイサムに、容赦する必要もなく、彼女に向かって、全力で飛ぶ。

「バカガッッ!!!」

 空中を直進するだけの私を撮影しようとハイサムがカメラを構える。

 シャッターが切られ、私の全身が撮影された。

「勝った!!!」

 勝利を確信して、ハイサムは急速に冷静さを取り戻していた。もはや痛みを感じないほどに。

「わざわざ言わないとダメ? 勘違いだよ?」

 カメラの下部についた現像装置から、印刷されてくる写真に、ハイサムが左手を伸ばす。

 それよりも早く、私の拳が、ハイサムの左腕を貫き、腕がありえない方向へ曲がる。そのまま左脇腹に突き刺さる。

 ハイサムは折れた肋骨が肺に刺さり、呻き声すら出ていない。現像された私の写真が、ゆらゆらと空を舞う。

 恐怖と混乱でハイサムはがむしゃらにパンチを放つ。それを軽々と左手で受け止め、蹴りを胸に叩き入れる。

 容赦ないサンタの蹴りに、ハイサムは空中から地面に叩き落される。

「エホッ……ガッ……ハッッッ……」

 地割れが起きるほど勢いよく叩きつけられ、呼吸すらままならないハイサムに、

「あなたがさっき殴ったこれは何かな?」

 さっき拾い、取っておいた破れた写真の切れ端を見せつける。

 何が起こるかを理解して、恐怖で顔が歪んでいる。片足しかなく、自分の写真のストックを取り出す時間もない、ハイサムに逃げる手立てはない。

 サンタの殴打を反映した衝撃波が、ハイサムの腹を叩きつけた。内臓がいくつか爆ぜ、大量の黒い血を吐き出している。

「ダメだよ。こんなになっても、あなたの攻撃は反映されるんだから。自分の配達道具で自滅するのは、どうかと思うな」

 ゆっくりとハイサムに近づいて、最早立つことすら出来ない、彼女を見下げる。

「ぐっっ……わ、忘れたのか……俺の手元には、女の写真があるんだぞ……」

 なりふり構わず、右手でマナちゃんの写真を六枚取り出して、これ見よがしに掲げている。

 どれもこれも拷問されて傷だらけのマナちゃんの写真。こんなの普段の無限分の一だってステキじゃない。

「好きにすれば」

「後悔させ……ゴブァァ!!!」

 マナちゃんの写真に手をかけようと、左手をピクリと動かしたと同時に、顔面に右フックを叩き込む。

 その勢いで、手に持ったマナちゃんの写真が、吹き飛んで雪に沈んだ。

「どうして、この距離の早打ちで勝てると思った?」

「……お、お前は殺さない主義なんだろ?」

「悪い子はね。でもあなたみたいな、異端サンタを生かしておくわけないでしょ」

 マナちゃんの写真を隠し持っている可能性がある以上、生かしてなど置けない。

 そして何より、良い子を子供を傷つけるサンタの存在を許してなるものか。

「冗談だろ?」

「次に目が開くことがあったら、そうなるね」

 ほんの少し、抵抗を感じつつ、ハイサムの心臓めがけて手刀を突き刺す。

 

 

<幸せなクリスマスを……>

 

 ハイサムを退け、マナちゃんの傷口を塞いでから、休める場所を必死に探した。

 足がつくのを恐れてどこも予約をしていなかったが、幸運なことに、一件目のホテルに飛び入りで宿泊出来た。

 ベッドの上にマナちゃんを寝かせて、もう一度入念に傷の手当てをする。それから追加でもう一本秘薬を飲ませる。

 あの状況では、どうしようもなく、それが一番安全だったとはいえ、重体の子供を背負ったままを戦闘を行ったのは、悪手だった。

 袋の中はマナちゃんの血で真っ赤になっていた。体にもいくつか打ち傷が出来てしまった。

 守ると誓った子を、傷だらけにしてしまったことが、悔しい。余裕がなかった、なんて言い訳にならない。

 でも、二人とも生き残れたのは幸運だった。相手が私を苦しめて殺すことを優先してくれたおかげで、マナちゃんが人質になる前に勝てた。

 あそこまで万全の状況を整えていて、もし最初から全力だったら、二人とも今頃は、五体満足ではいられなかったかもしれない。

 軽い火傷で済んだ私はともかく、マナちゃんはリコの薬がなければ、胸の傷で死んでいた。

 状況的に恵まれていた。クリスマスイブなのだから、初代サンタの加護があったのだろう。

「うっ……」

「マナちゃん!」

 苦しそうな呻き声を発しながら、マナちゃんが目を覚ました。

 このまま目覚めなかったら……そんな心配もあったから、すごく嬉しい。

「大丈夫? どこも痛くない?」

「ルシアお姉ちゃん……? うん、私は大丈夫だよ。それより、ルシアお姉ちゃんこそ、怪我してるよ」

「ありがとう。私も大丈夫だよ。サンタだから、鍛えてるの」

 あんな大怪我をしていたのに、私のことを心配してくれる。

 嬉しい気持ちもあるけど、ここまで健気で良い子だと、心配になる。

 まだまだ甘えたい盛りだったはずなのに、両親が死んで、あんな環境に置かれていたせいで、良い子にならざるを得なかったんだろう。

「ごめんね。もう苦しい思いはさせないって約束したのに、こんなことになっちゃって」

「ルシアお姉ちゃんが、頑張ってたの知ってるから、そんな顔しないで。助けてくれてありがとう」

 マナちゃんが優しく微笑みかけてくれる。いけないことだと思いながら、それに救われてしまう。

 マナちゃんを救いたいなんて言いながら、本当はこうして、自分が救われるために頑張っていた気がしてくる。

「マナちゃんは本当にいい子だね。もっとわがまま言う悪い子になってもいいんだよ」

 だから、今度こそマナちゃんを救おう。年相応に遊んで、わがままを言って、勉強して……こんな風に、切ないほどに儚い良い子であろうとしなくても、いいんだと思ってくれるくらい、頼れるお姉ちゃんになろう。

「これ。取り返したよ」

 一年前に奪われたままの、マナちゃんの大切な思い出を、小さな手のひらに乗せる。

「……!? ルシアお姉ちゃん……大好き!」

「私もマナちゃんのこと、大好きだよ!」

 腕の中にある確かな温もりに、心まで暖かくなる。

「今日は疲れたでしょ。続きは明日話そう」

 でもそれに浸ってるだけではダメだ。懲罰部隊に追われていたとしても、そのことでマナちゃんに苦労させないと、誓ったのだから。

 明日からのことをちゃんと考えないと。この先ずっと続いている明るい未来を守るために。

「寂しいから、ルシアお姉ちゃんと一緒に寝たいな」

「私もそうしたいんだけど、」

「わがまま言っていいんでしょ?」

「わかった。サンタさんは、寂しがってる子供を放っておかないもんね」

「やった!」

 二人で同じ布団に潜り込んで。クリスマスの夜を一緒に過ごす。

 年の離れた仲良しの妹ができたみたいで嬉しい。

 こうしてお落ち着いた状態で、人の温もりに触れたのは何年振りだろう。

 外の寒さが嘘のような暖かさに、次第に目蓋が重くなる。

 年に一度のクリスマスの夜だから、甘えちゃってもいいかな……なんて思う私は、きっとダメなサンタだ。

「おやすみなさい」

「おやすみ、マナちゃん」

 でも抵抗むなしく、マナちゃんの優しい魔法のせいで、数秒後にはまどろみに落ちていた。

 

 朝目覚めた時、マナちゃんが、先におはようと声をかけてくれたのが、少し恥ずかしくて……頼りになるお姉ちゃんになるのは、まだまだ先のことになりそうだ。