神薙羅滅の百合SS置き場

百合しか書かないし、百合しか書けない! 陰鬱な百合がメインのブログになります

少女は辺獄を竈食ふ

<あらすじ>

 両親からの虐待と、学校でのいじめ。生きる意味を見出せない女の子は、苦しいだけの生を終わらせる決意を固める。

 とある山奥の崖から身を投げると女の子は、根源的な恐怖が支配する空間に迷い込む。

  そこで酷く傷つけられた少女と出逢う。

 

 

  人が自死を選ぶのはどういう時だろう。職を失ったり、不治の病に罹患したり、愛する人を喪ったり。

 共通しているのは、希望の一切を感じられなくなったとか、そんなところだろう。

 だとするなら私は見事、その条件に当てはまっている。

 賭博と虐待が趣味の両親に、暴力を振るう同級生。

 逃げる場所を探すだけの余力なんて、もうどこにも残っていない。

 青あざだらけの脚ではどこにも行けない。何枚かの爪はなくなり、ただ細いだけの腕では、蜘蛛の糸を摘むことさえ出来ない。

 丁寧に、丹念に希望を絶たれた私に許された最後の救いは、死ぬことだけだ。

 そこに希望はなくとも、苦痛もない無であるなら、今より遥かに最良だから。

 

 崖から眼下に広がる森を眺める。最後に見る景色としてはお世辞にも綺麗とはいえず、その上空模様は曇り。魂が天に昇るとするなら、通行止めを食らうほどの分厚さ。

 本音を言えばもう少しいい条件で身を投げたかった。でも生き永らえようと思えば思うほど、死に後ろ髪引かれてしまう。

 それほどに追い詰められた私が、天気とか景色とかそんな些事に気を取られているのもバカらしい。

 そう思って一歩空中に踏み出そうとしても、脚が動かなくなる。

 生きようと思えば、死にたいと願い。死にたいの願えば、生きたいと願う。

 二つの間にいる私は、相反する感情に引っ張られ、引き裂かれそうになる苦痛を味わうだけ。

 未知へと踏み出すのが勇気とか覚悟なら、きっと私にはどちらの素養も備わっていない。

 死んだあとのこととか、その直前の痛みとか、考え出したらキリがない。踏みとどまりたい理由がたくさん胸の内から湧いてくる。

 崖っぷちで、打ち付けられたように動けなくなった私を、宙に誘ったのは、突然吹いた風だった。

 覚悟を決める間もなく、突風に背中を押されての身投げ。雷に撃たれて死んだのに似た理不尽な死因。

 フワフワする感覚に酔う暇もなく、地面が近づいてくる感覚もないままに、意識がなくなった。

 最後に思ったのは、天に昇る私が、あの雲に跳ね返されて、地獄に堕ちるのはイヤだなって、思った。

 

 

 もう二度と取り戻さないで欲しかった。だが皮肉にも私は意識を取り戻してしまった。

 身体を地面に打ち付けたせいで、全身が酷く痛む。自殺をしくじると悲惨なのだと、身を以て実感させられる。

 神様がいるとするなら、どこまでも残酷だ。

 運命を司る存在を恨みながら、無理矢理身体を起こす。あの高さから落ちた割には、体の傷は浅く、吐き気を催す痛みを伴うが、なんとか身体を少し持ち上げるくらいのことはできる。

 痛みで頭がフラフラする。それでも自分の置かれた状況をなんとか知ろうと、辺りを見渡す。

 ここはあまりに奇妙だった。

 確かに私は森の中へ身を投げたはず。なのに地面は土ではない。それどころか鉄とも青銅とも言えぬ、金属質だが身の毛もよだつ嫌な肌触りをしている。

 周囲には木の一本もなく、暗黒が広がっているだけ。それだけ薄暗いのに、自分の体は、はっきりと、太陽の下にいる時と変わらず視界に写っている。

 いくら強い風に飛ばされたとしても、こんなわけのわからない場所へ運ばれるなんてあり得るだろうか。

 そして辺りに漂う不気味な感覚。抗いがたい、本能的な不安感が湧いてくる。それは力づくで放り込まれた、心霊スポットとは比べものにほどの強さ。

 夜の帰り道で、自分をつける何者かの足音だけがするような。家で一人のはずなのに、閉めたはずの扉がなぜか開いている時のような。そんな例えようもない不安感の究極系。

 後ろ向きとはいえ、一度死を受け入れ、覚悟した人間が、逃げ出したくてたまらなくなる、どうしようもない溺死しそうになる粘ついた空気。

 漠然としたどうしようもない不安感が、次第に感情を壊死させていく。最後には、正気を失いながら、ゆっくりと朽ちていくのを待つことになるのだと、なんとなく確信する。

 自分の身体から滴り落ちる赤を見て、先が長くないことを悟りながら、床に倒れ込む。

 

 そうして意識を失う直前、指先にサラサラとした、何かが触れた。

 

「そこにいるの? 顔を見せて」

 言葉だけしか判然としない、声らしきものが聞こえた。声がした方向も、声色もなにもわからない。

 それは今までの人生で、耳にしたことがない音。いよいよ正気を失い、幻聴が聞こえ始めたとしか思えない……だけど声の主がここにいるのだと。そう心に確信があった。

 そして、どこかに懐かしさというか、心地よさも同時に感じる。

 心が通じ合う人なんて、ただの一度として存在しなかった。それなのに、ことここに至って、そんな存在が現れるのを期待している。

 得体の知れない音の正体が、生まれて初めてできる友達であればいいなと。

 淡い期待にすら及ばない、絶望的な望みを胸に、最後の力でもう一度だけ身体を起こす。

 視界はさっきよりもぼやけていて、痛みすら彼方に感じて現実感がない。

 それでもこの空間に生じた、一つの変化は確かに知覚できる。さっきまでなかったはずの、赤い霧が生じていた。

 存在していたのであれば気付かないはずはないと思える確かな濃さ。なのにどこか不明瞭で、現実味のなさを持った奇妙な霧。

 今の私がなんとか這っていける程度の場所にそれはった。

「血が出てる。こっちにきて。治してあげるから」

 赤い霧が手招きするように、微かに揺れる。その不思議な魔力に魅入られた私は、なんの疑問もなく、そこに吸い寄せられる。

 子供が何の疑問も抱かずに、母親に抱かれようとするのは、きっとこんな感覚なのだろう。

 本能が例えようもない安心感を覚えている。

 味わったことのない愛を求めて、床に血を塗りつけて、残り少ない命をすり減らしながら進む。

 

 指先がほんの少しだけ、赤い霧に触れる。

 すると赤い霧が傷口から体の中に入ってくる、おぞましい感覚が全身を包み込んだ。

 自分の中にある血が、赤の霧と混ざり合い、魂というものがあるなら、それを凌辱されているような、言葉での理解を超越した、感触に変わる。

 痛みには人並み以上には慣れているはずなのに、そんな積み重ねた耐性ではどうにもならない激しさと異質さを併せ持った、痛みに似た痛み。

 それだけの苦痛を味わっているのに、頭は冷静で、真正面から人知を超えた刺激に向き合わされる。

 精神が刹那を経ずに磨耗していく。時間の感覚が、限界まで引き伸ばされて、限界まで圧縮されて……永劫に続いた苦痛が、泡沫のように消えていく。

 死にぞこなった私がたどり着いたのは、まぎれもない地獄だった。

 

 一秒か、一年か。矢のように過ぎ去ったようにも、永遠に続いたようにも思える、堪え難い痛苦を煮詰めた時間。

 それを乗り越えた私は、溺れてしまう直前に、水面に顔を出せた時のように、荒い呼吸を繰り返して、平静を取り戻そうとする。

「よかった。綺麗に塞がってる」

 声が聞こえた。今度は確かに、女の子の声が。可愛らしい声質にしては妙に落ち着いた、荘厳な雰囲気。

 頭に浮かぶのは、美術の教科書で見たような優しげな少女の姿。

 虐げられ続けてきた私さえも、救い上げてくれつような女神様を。

 

 確とした期待を胸に振り向くと、そこには私と同じように……いや、私以上に虐げられた少女の姿があった。

 

 思わず悲鳴が漏れてしまうほど、その少女は悲惨な姿をしていた。

 しめ縄で四肢を縛り付けられたままで、空中に釣られている。手足に長時間体重がかかり続け、縄からは血が滲み出しているほどだ。

 巫女服であったであろう衣服も、胴体部分を辛うじて覆っているだけ。

 露出している皮膚の一部は、腐っているとも形容できない……とにかくどす黒い何かが侵食していた。

 それだけ悲愴を極めているのに、どこか神々しさを纏っている。

「こういう治し方しかできないの。ごめんね……」

 申し訳なさそうにしている少女を見て、あの耐えがたい苦痛が治療に伴うものだったことを知る。

 無尽蔵に恵まれた人生であったとしても、それを容易くマイナスに持っていくほどの苦しみ。最低未満の人生を送っていた私からすれば、あれだけ苦しんで生き延びるのは、全く釣り合っていない。

 そうだとしてもこの子は、私のために原理はよくわからないが、治療を施してしてくれた。

 現に出血の止まらなかった傷口も、折れた骨も、元に戻っているのだから。

 思えば誰かにこうして優しくされたことなどなかった。嬉しくないわけがなかった。

 あの疼痛とも、恐怖ともつかない感覚に悶えている間は、地獄だと思っていたが。

 とても見ていられないほどに痛めつけられた少女の優しさなのだとしたら、許せてしまう。というより幸せでしかなかった。

 きっと私は相当ちょろい人間だ。これまで誰かに思われたり、愛されたりしたことがないから……それが手に入るなら、そこにどれだけの代償があろうと、こうして納得してしまうのだから。

「それで貴女はどうしてここに堕ちてきたの? もうこのあたりに人は住んでいないでしょう」

 物憂げにそう問いかけてくる少女の姿は、今の私ですら想像もつかない、永く永く苦しんできたのような、可憐な容姿には釣り合わない重みを感じさせる。

 きっと私ごときが差し出がましいとは思うが、この子に向き合いたくなった。

「…………っっっ?」

 その想いとは裏腹に、この場に適した言葉を発することは叶わなかった。

「まだ喋れないんだね。でも言いたいことは分かるよ。ここは身投げに適した場所じゃないから、異界に取り込まれちゃったんだよ。今ならこんな場所に囚われなくて済むから。帰ろうとしたほうがいいよ」

 直感でしかないけど、この子は私とは違う存在なのかもしれない。

 でもそんなことはどうでもいい。こんなにぼろぼろなのに、私を気遣って突き放そうとしてくれている。

 よくわからないけれど、ここにいてはいけないことくらい誰でも分かる。その訳を知っているから、こう言ってくれるのだろう。

 それに体が勝手に動いただけで、望んだわけではないけど、この子は私を心配して怪我を治してくれた。

 そんな女の子が、鏡で見た私よりも、悲しそうに、寂しそうに。本当はそばにいて欲しいのを必死に隠しているのが、はっきりわかる目で、私を見つめているから。

 そんな鏡に映した自分を、自分で放っておけなかった。

「……っ! どうなっても知らないよ」

 私が一歩少女へ近付くと、彼女はあり得ないものを手にしたかのように、驚いた表情を見せる。そして次の瞬間には、瞳に涙を浮かべていた。

 この子のためにしたことではなかった。自分を救いたくてしたこと。それがこの不幸を凝縮した少女を、少しでも癒せたのだとしたら。

 それが嬉しくて私も泣き出して。身動きの取れない少女に思わず抱きついて。

 お互いに言葉にはならない声をあげて、今まで積み重ねた辛いことを吐き出しあった。

 

 

「ここにいても本当にいいことないよ」

 衝動的に二人揃って泣き崩れてから、どれだけ時間が過ぎたのかわからない。

 ともかく二人の悲しさが落ち着いた時、少女は私を気遣って、案にここを離れるようにと忠告してきた。

「っっっ……」

 相変わらず声を発することはできないが、意を汲み取ってくれた少女が私の疑問に答えてくてれる。

「なんとなくだけど、ここにいると不安になるでしょ。この場所は瘴気と呪いの類が溢れる場所だから。それを私で蓋してるの」

 少女が口にし始めたのは、にわかには信じがたいオカルトめいた話だった。でもそれが真実であることが、今ならわかる。

 最初は姿の見えなかった少女が見えるようになったり。最初は漠然とした恐怖しか感じなかった不安感を、もやもやしている黒い影として見えるようになったり。

 ここに来てから拡張された奇妙な感覚は、怪異が実在するのだと教えてくれる。

「私はもう手遅れだけど、まだ貴女は人として死ねるから。ずっとここにいたら私のせいで、中途半端な不死になっちゃうし、こんな身体になるよ」

 少女の身体からはとめどなく血が流れ出ている。それだけじゃなく、黒い影が全身に絡みついて、皮膚が黒く爛れている。

 自分が今まで負った傷と比べて酷い、目を覆いたくなる悲惨な姿。

 少女が語る未来は、私の想像が及ばないほどの苦しみに満ちているのがわかる。だからといって、私の決意が揺らぐことはない。

 戻る場所も、帰りたいと願う場所もないから……優しくしてくれた少女がいる、このわけのわからない闇の中を選ぶことに躊躇いはなかった。

 無知な私には人として生きて死ぬこが大切だとも思えない。不死になることさえも、母親たちよりも本当の意味で心配してくれる人と、ずっといられる保証にしか思えない。

「……そんなにいいものじゃないよ。不死も、私そのものも」

 少女はどこまでも自分を卑下する。こんな場所で、独りずっと寂しいのと痛いのに耐えていたのに。

 こんな場所にひとりぼっちにされるくらいに……きっと生まれた頃からずっと虐げられ続けてきたから、自分を認めてあげられないんだ。私がそうだから。

 どれだけ頑張っても、見てもらえず、認めてもらえず、否定されて……もう自分で自分を認めるなんて、永遠にできなくなってる。

 でもこの子なら、そばにいるだけでありえないくらいに褒めてくれる。こんなに嬉しそうに笑って、泣いてくれるから。

 私が幸せになる方法はこれしかないって……私なんかがそばにいるだけなんて破格の条件で愛してくれる人は、この子しかいないよ。

 

 こうしてお互いが自分を許してあげるために必要な、二人っきりの生活が始まった。

 

 何にもなくて、何にもすることのない二人は、ただ身を寄せ合って生きた。

 四肢を縛られている少女から私に触れることはできないから、抱きついたり頭を撫でたりする。

 すると少女が子猫みたいに頭を揺らして、私の胸に顔を埋めてきたりして、イチャイチャして過ごす。

 私が言葉を話せないから、その分だけ肌の触れ合いだけが激しくなっていく。

 だけど接触が増えれば増えるほど、少女の血の侵蝕が激しくなるから、思う存分触れ合わせてまでは貰えない。

 それさえも私を思ってのことだから、ただただ少女を愛おしくさせるだけ。

 幸せだった。

 生まれて初めて手にした、不安のない生活。あえて不満を述べるとしたら、少女の方から私を触れられないのが不満だった。

 だから少女の自由を奪い、苦しめるだけの縄の存在が許せなくなってくる。

 もちろんほどき方なんてわかる訳がないし、そんなことをして、溢れ出した災厄がどんな影響を与えるか想像もつかないから、しようとも思わないけど。

 

 

 ここに堕ちてからどれだけの時間が過ぎたのかわからない。

 それでも私の幸福量が減少する見込みは一切なかった。

 ずっと人の顔色を伺い、その努力を踏みにじられて。愛情も食べ物も与えられず、あらゆる正の感情にずっと飢えていた。

 ここでは何にも飢えることがなかった。

 この場所に来てからは、一切何も口にしていないのに、空腹感はない。

 少女は私が彼女のために何かをしなくても悪い顔ひとつしないどころか、人を苛立たせていた何気ない一挙手一投足までも、肯定してくれる。

 夢の中でさえ手に入らなかった、平穏な生活。痛みがなく、愛してくれる人がいる。

 この場所の本質とか、どうして少女がここにいるのかも、私には知る必要のない些事未満のことでしかなかった。

 

「あんまり触れてると、危ないからダメだよ」

 指先で少女のサラサラとした髪を梳かす。

 それだけでも危険が伴うらしく、嬉しそうにしながらも距離を離すように言ってくれる。

 とはいえ少女は抵抗ひとつできないから、触れるのをやめることはない。

 というより、少女のそばにいて身体がおかしくなったことがないから、離れる必要性を感じられない。

「なん……だいじょ……だよ」

 なんともないから大丈夫だよ。そう言葉にしようとした。

 いつもなら音にさえならないのに、今日は違った。

 ほんの一部だけど、ちゃんとした言葉になった。

 心の中で言葉をつぶやいて、口を動かせば少女が意味を汲み取ってくれる。

 それをしているうちに喋れるようになった……というわけではなさそうだった。

 私が微かに言葉を発したのを聞いた瞬間、少女が顔を真っ青にさせたから。

「……多分これが最後の忠告になると思う」

 少女は何十回目かになる忠告を私にする。でもそれはいつもとは違って、事態の重さを象徴するように、長い溜めを伴い、今までで見たことのない、深刻そうな表情をしていた。

「これ以上一緒にいたら、私……貴女にどんな思いをさせてでも、側に置いちゃうよ」

 忠告の後に続けたのは、いつもの少女らしくない内容。

 私たちが知り合ってから、それほど長い時間が過ぎた訳じゃないけど、こんな風に自分の欲求を口にしたのは初めてのことだった。

 誰かに自分の存在を。こうして強く求められるのは本当に初めて……だから、嬉しくてたまらない。

 一緒にいることで私が傷つくとしても、目の前にいる少女も痛みに耐えているのだから、きっと頑張れる。

 最初に感じたあの意味不明な苦しさも、この子といるために必要だというなら、受け入れられる。

「どん……へい……き……よ」

「……ごめんね……ありがとう…‥必ず後悔させちゃうから……本当に、ごめんね……」

 少女は私の方を見て、いつになく悲しそうにしている。

 私が少女と出会ってから嫌なことなんて、ほとんどなかった。

 その嫌なことだって、少女に過失があった訳じゃなくて、それしか重傷を負った私を救う手段がなかったから。

 私のことをいつでも思ってくれる少女の側であれば、この先も嫌なだけのことはないんだと、胸を張って楽観視できるから……

「あな……そばな……わた……しあ……せ」

 少女と一緒にいられるのならそれだけでいいんだと、片言で伝える。

 優しくしてくれる人さえいれば、それだけでいい……それだけがいい私たち。

 二対ある腕で、少女の涙を拭いてあげながら、頭を撫でて、背中をさすって、腰に腕を回す。

 いつもなら呪いの侵蝕を恐れて、受け入れてくれない距離。

 だけど何があっても一緒だと決めた今、初めて受け入れてくれた。

 満足に動けないから、比較的自由な頭を私の胸に預けてくれる。

 思い返せばなんだかんだで今までずっと私の方が甘えてばかりだった。

 自分の孤独を和らげるために、触れたいから触れる。心配されてもそれさえも無視して。

 もう取り返しがつかないから。なぜか少女はそう思っていて、だから私に甘えることを許してあげられた。

 わからないことも多いけれど、今も未来も幸せだからそれでいい。

 最近見えるようになった、少女と世界の間から溢れ出す黒い霧の正体を知ったところで、その先に幸せはないから。