神薙羅滅の百合SS置き場

百合しか書かないし、百合しか書けない! 陰鬱な百合がメインのブログになります

災禍成る刻、福音鳴る

naharasan.hatenablog.com

 

 

 上記二作の続きで、完結編になります。

 

 

 

 

 少女と出会う前と後を比べたら、私は生きることに前向きになれた。

 あんな場所で、少女を一人ぼっちにはできないから。

 私の身体が全て剥がれ落ちた瞬間の、涙が張り付いて離れない。

 私が戻らなければ永遠にあのまま、深い慟哭に沈んだまま……なんの救いもなく、黒い影の侵蝕と、血の採取に耐えるだけの地獄に残される。

 大好きな、愛をくれた少女を残して消えるなど到底許容できない。

 その強い意思だけで、向こう側の世界で自意識を保つ。

 辺獄と呼ばれた場所にいた時とは比べ物にならない黒い影の侵蝕に、気が触れそうになる。

 それを耐える、耐える、ただ耐える。ずっと一人で、黒い影を抑え続けた少女の辛さを思えば、なんてことない……

 きっと辺獄に戻るチャンスは訪れる。

 少女の方から私を引き上げられる瞬間がくるかもしれない。

 こっち側から這い上がる方法があるかもしれない。

 ほんの少し前の自分なら諦めていた。誰も手を差し伸べてくれたことがなかったから。

 私を思ってくれる人などいたことがなかったから。

 今は違う。心が通じ合って、手を伸ばしあえる相手がいる。

 ひとりじゃない確信さえあれば、希望がなくても希望を追える。

 

 

 

 

 常世と辺獄は空間的に隔たれている。自分がここに堕とされた時は、誰かが力技でこじ開けていた。

 自分が辺獄から出れられなかった理由は、しめ縄の封印によって、次元の壁を超えられないからだ。

 女の子が連れていかれた向こう側と、辺獄の間にある壁は、常世と辺獄の間よりも更に分厚い。

 理屈でどうこうできる範疇ではない。

 貴女を諦めることなどできない……それでもあの瞬間に、貴女を掴むことができず、あろうことか自分たちを見捨てた世界に奇跡を願ってしまった。

 そんな甘い話が自分たちにあるわけがないと、骨身に染みるまで、わからされていたはずなのに。

 どうにかしないといけない……しかし全てを削がれた自分にできることなど、ほとんど残されていない。

 心細さと無力感で押し潰されそうになる。

 いつも通りに戻っただけ。でも一度幸せを知ってしまうと、孤独に耐えられなくなった。

 ただでさえ弱かった心が、もうどうしようもないくらいに弱くなった。

 このどうしようもない苦しみから逃れたい……不死の自分にはそれさえも許されない。

 ずっとずっと、この寂しさに耐えないといけない。

 向こう側に連れていかれた、貴女の苦しみを思いながら……手を差し伸べるふりをすることさえできない、無力な自分はどうすることもできない。

 自分と貴女が笑っていられる未来は、全て閉じた。なのに、永遠に終わらせることができない苦しみ。

 もう一秒だって耐えられないのに、これが明日も、悠久を経ても続く。

 心が沈むと、慣れ親しんだ血を採取される瞬間の痛みも、より鮮明に感じてとても耐えられない……

 ささいな刺激が頭をかき乱して……もうどうにでもなってしまえ……

 

 身体を一心不乱に振り回して、しめ縄を千切ろうと足掻く。

 せめてこの世界に一矢報いてやりたい。苦しんだ分だけ、さらに奪っていくだけの世界。

 そんな物を維持してあげたくない。。

 でも、世界は自分にそれを強要してくる。とんでもない強度のしめ縄を千切れるはずがない。

 それが叶うのならとっくの昔にやっているのだから……

 どうしようもなくてうなだれる。

 時間が過ぎて、この苦しさが記憶の彼方に消えるか、世界が滅びて、自分も消失するのを待とう……

 そう決めようと思った瞬間、足元から這い出てくる黒い影が見えた。

 

 思えばこいつはなんなのだろうか……どうして辺獄と向こう側にある壁を易々と超えられるのだろう。

 向こう側から常世へ直接湧いてくることまであったはずだ。

 そこで人を喰らったり、周囲を歪めたと聞いた。

 かと思えば、女の子を助けてくれたこともあった。

 自分はあまりにも、黒い影について知らなさすぎる。向こう側にある世界のことも。

 誰のためでもない。ただ貴女と笑いあえる未来のために、世界の深淵を知る必要がある。

 絶望と紙一重の希望が射した。

 

 

 

 少女が辺獄と呼んだ場所にいた時も、黒い影に責め苛まれていた。

 ここに連れてこられてからの苦しみは、その比ではなかった。

 少女だった赤い霧に初めて触れた時の感触が、ずっとずっと続く。

 激しい肉体的な痛みと、魂の嗚咽。終わりの見えない苦痛の大海に沈む。

 少女が救い出してくれなければ、ずっとこのままなのか……そもそもここから出る手段は存在するのか……

 少女を信じ続ける。その決意が早くも揺らぎ始めている。

 時間感覚も曖昧な世界で、一人ぼっちで耐え続ける。

 ずっと一人で責め苦を受けていた少女を思えば頑張れると思っていた。今でもそう思っている……

 だけどそれで苦痛が消えるわけではない。

 必ず私を助ける方法を見つけてくれると信じている。

 私だけが一人なわけじゃない。少女も今一人なのだ。

 だけど希望があったとしても、折れてしまいそうな苦しさで、今すぐに逃げ出してしまいたい。

 時折少女と出会わなければ、こんな思いをしなくて済んだのに……なんて最低な考えが生まれてくる。

 このままだと黒い思考が頭だけじゃなくて、魂まで埋め尽くしてしまう。

 別のことを考えないと……少女と過ごした日々のこと。まだまだ残っている、一緒にしたかったいろいろなこと。

 思い出を噛み締めて、これからに思いを馳せる。少女と出会えた奇跡を恨むなんて馬鹿げていると、確信し直すことで正気を保つ。

 少女の元へ戻る方法を考えないと。私だけが苦しいわけじゃないから。

 少女はしめ縄に搾取されながらでも、考えてくれているはずだから。

 私が折れるわけにはいかない。

 こちら側からしかできないことがあるかもしれない。

 

 

 

 黒い影について自分が知っていることは多くない。

 あれが世界に溢れたら世界が滅ぶとは教えられた。

 だがどういった性質のモノで、何が引き起こされるのかは、教えられてはいない。

 どうして自分の血を用いれば、黒い影を抑えるのかもわからない。

 考える価値はある。

 黒い影は強い魂の躍動に感応しているのではないか。そう推測していた。

 だとしたら女の子が向こう側に引きずり込まれるはずがなかった。

 誰もそんなこと望んでなどいなかった。明らかに望みを代行してくれるような性質のものではない。

 しかしそれだと納得できないことがある。なぜ最初女の子が落ちてきた時、助けるようなことをしたのか。

 その説明がつかない。きっと何か理由がある。

 突き止めれば女の子を救う一助になるかもしれない。

 

 これまでの黒い影の行動を思い返しながら整理する。

 大昔にあったこと。最近起こったこと。できるだけ多く思い出そうとする。

 一際大きな違和感をがあある行動は、黒い影が女の子を助けたということだ。

 世界に仇なす黒い影が人助け。

 浮かんだのは一つの仮説。

 あれはそもそも助ける行為ではなかったのではないか。結果的にそうなっただけで……

 

 

 

 黒い影に埋もれ、苦痛に喘ぎながら、上を見る。

 そこに広がっているのは、真っ暗な空と壁。

 それもただの壁じゃなくて、空間的な隔たりを帯びた、理の壁。

 それがここと辺獄を隔てている。

 手は届かない。届いたとしてもどうにもならない。

 纏わり付いた黒い影を、僅かに払うこともできないのだから。

 

 黒い影が理の壁を超えて、辺獄へと滲むように侵攻している。

 私を連れてきたのだから、同じように連れて帰って欲しい。

 そう強く願っても、黒い影が私を運ぶことはない。

 私がここでできそうなことは、理の壁が破られた時、そこに向かって手を伸ばす。

 それくらいしか思いつかない。

 何の力も知恵もない、ただ少女を愛することしかできない私は、少女に全てを託すしかなかった。

 それが悔しくて、無力感に苛まれる。そこに黒い影が漬け込んできて、魂を汚染しようとしてくる。

 黒の感情を抱いてはいけない。前を向いていた方がいい。

 それは少女から教えてもらったアドバイス

 何度も、何度もそれを食い返す。

 その時の少女の声色や表情まで。そしたらどんなことでも耐えられる力が湧いてくるから。

 

 

 

 黒い影が自分たちを助けた理由がわかった。

 それはただ世界を滅ぼすため。

 自分の存在が邪魔だったのだ。黒い影が常世へ侵食するのを塞ぐ存在を排除する必要があった。

 そのために黒い影も万策尽くしていたのだ。呪われた神を殺そうと。

 だが不死故苦しめることはできても、命を奪えない。

 そうとわかると次は心を折りにかかった。

 黒い影を滲み込ませて、魂を黒く染めようとする。

 それでも、自力でこのしめ縄を千切るほどの決意をさせるには足りなかった。

 しめ縄の呪縛から逃れる前に、身体が悲鳴をあげてしまうのだから。

 永劫に責め続けても、封印に綻びが生まれない。そんな中、偶然人が通りかかった。

 その人間を辺獄に引き摺り込んだのだ。何か変化を起こそうと。

 それはうまくいった。捨てられた神は、捨てられた人を救う為、しめ縄の呪縛から一時逃れたのだから。

 封印を解く術を見つけた黒い影は、二人を近づけ……そして引き裂くだけでよかった。

 向こう側に連れていかれた女の子を救い出すため、自分はあらゆる手を尽くす。

 身体が砕け散る痛みに躊躇う理由がない。

 自分を見捨てた世界を切り捨てるのに、憂いなどあるわけがない。

 

 怒りの感情が胸の奥から湧いてくる。

 なぜ自分たちを拒絶した世界を切り捨てるだけのことに……これだけ苦しまねばならないのだろう。

 利用されなければならないのだろう。

 自分で望んだわけではないのに、周囲に呪いを振りまく身体に生まれ、辺獄に堕とされ、囚われた。

 女の子は理由もなく周囲に拒絶され、愛を求めてたどり着いた先で、地獄の苦しみを味わっている。

 結果だけ見れば、黒い影は二人を引き合わせたのかもしれない。

 だがなんのことはない。ただ二人の想いを利用しただけだ。

 愛されたくて、一人は嫌で、ただ二人で一緒にいたいだけ。

 その願いを担保に苦しめて、苦しめて、体良く利用する。

 自分はともかく、貴女を受けいれなかった常世も憎い。

 だが、貴女をしょうもない世界を滅ぼすなんて、くだらない理由のために苦しめる黒い影も憎い。

 今は選択肢がないから付き合うしかない。しかし機が熟したのなら、世界を滅ぼす黒い影を、自分が滅ぼしてやろう。

 

 

 しめ縄から逃れる骨は掴んでいる。圧倒的な暴力を、自身の身体に行使すればいい。

 それを片腕だけではなく、四肢で同時に行えばいいだけ。

 あの時のような真っ直ぐな気持ちはない。

 貴女への想いと……苦しみと引き換えにしか幸福を与えない、貴女以外の全てへの恨みだけを胸に、頭を右肩に叩きつける。

 何度も何度も叩きつける。自分で自分を壊す要領を既にわかっているから、今回は顎が砕ける前に、右肩と右腕が分かれる。

 激しい痛みが走る。それを無視して、左肩を破壊しにかかる。

 右半身が自由に動くから、さっきよりもよほど力を入れやすい。

 右肩の半分の時間で左肩と左腕を切り離す。だがその間にも右肩の再生が始まっている。

 治り方は、しめ縄側が指定しているらしく、前回試しに腕を明後日の方向へ向けていたが、しめ縄に取り残された腕と肩が結合してしまった。

 時間がない。自分の再生力と泥仕合になるのはごめんだ。手間取れば手間取るだけ、女の子が苦しむ時間が伸びるのだから。

 

 首の骨が外れるのも厭わず頭部を右脚に叩きつける。脚部の耐久力は高く、脚の骨が見える頃には、顔の右半分が半壊する。

 頭部の再生も待たず、脚部への攻撃を続ける。

 右脚が胴体から切り離された瞬間、宙吊りにされた身体の重心が崩れる。

 それを脱走の前兆だと察知したしめ縄が、自分の方に向かって伸びてきた。

 生贄を搾取するための装置兼、逃さないための拘束具。

 防ぐ手立ては自分にはないが、なんとかなる確信がある。

 そしてその通りに現実はなった。

 しめ縄が目前に迫るまでもなく、黒い影が自分の周囲を覆って、侵食を阻んだ。

 世界を滅ぼすためならなんでもする。露骨な行動に嫌悪を抑えきれない。

 世界を滅ぼさないためならなんでもするしめ縄。

 世界を滅ぼすためならなんでもする黒い影。

 常世にも、向こう側の世界にも、自分たちの味方はいない。

 そう実感するたびに。貴女への執着が強くなる。

 世界の命運などどうでもいい。ただ貴女の幸せのために、最後の四肢を……左脚を砕く。

 

 

 何千か、何万年か……数えきれないほどの時間続いた呪縛から自分の身体が解き放たれた。

 魂に植え付けられた、しめ縄との繋がりが断たれた実感がある。

 それは黒い影による常世への侵攻が始まったということ。

 あたりに広がる地面から、おびただしい量の黒い影が溢れ出してくる。

 四肢のない身体が治癒するのを待ちながら、覚悟を固める。

 ここからは二人でこなさないといけない。誰も助けてなどくれない。

 もう二度と奇跡を乞いはしない。

 貴女が伸ばした手を、自分が掴む。

 きっと一度しか訪れない、自力で得た奇跡の瞬間を逃さない。

 

 

 

 身体がフワリと浮かぶ感触がした。

 いや、周りの空間すべてが上へと向かっている。

 少女がやってくれたんだ! 私を助けるために。

 そのことが嬉しい。たとえうまくいかなかったとしても、思ってくれる人がいるだけで幸せだ。

 でも私はわがままだから、ちゃんとハッピーエンドを掴みたい。

 周囲が浮遊するのに合わせて、空に向かって身体を伸ばす。

 

 

 

 

 自由に動く身体で、黒い影の濁流に身を投げる。

 辺獄と向こう側の壁が、そこなら通りやすくなっていると考えて。

 こうして黒い影が溢れるだろうと推測していたし、一気に溢れたら流石に穴があくとかして通りやすくなるはずだ。

 ただ、ここまで黒い影の勢いが凄まじいとは思っていなかった。

 潜れない。

 全力を発揮できる今なら、黒い影の侵食は大したことない。

 だからといって、黒い影の物理的な勢いに抗いながら、辺獄と向こう側の間にある理の壁を超えるのは簡単じゃない。

 物理的に黒い影の中を潜るだけでは到底辿り着けない。

 自分の血液で黒い影の攻勢を抑えながら、次元を隔てる壁を、周囲の理を歪めてしまう、忌むべき自身の力で突破するしかない。

 

 触れた……通常超えられない理の壁に。

 力を削がれているときにはわからなかったけど、確かに貴女の存在を感じられる。

 自分に近い存在へと歪んでいるから。

 突破すべき壁もどこかわかる。

 次元の超え方をしらなかったけど、理解すれば単純だった。

 強い想いを込めて、理を歪めればいい。

 自分と貴女を隔てるものをこじ開けて、手を伸ばす。 

 

 

 

 懐かしい温もりを感じた。実際に離れていたのは、一日にも満たないのだろうけど。

 ずっとずっと離れ離れだったような気がする。

 誰でもない、少女がここから引き上げてくれる。

 ここに引き込まれた時の窒息感とは真逆の、水面に上がった時のような開放感が全身を包む。

 今いる場所と辺獄を隔てる境界を超えた瞬間、少女の喜びに満ち溢れた表情が飛び込んできた。

 

 

「あんまり心配かけないで。毎回うまくいくとは限らないんだから」

 半分泣き声の少女が、私を抱きしめてくれる。

 誰かにこんな風に、優しく抱いてもらったのは初めてで、どんな感情でいればいいのかわからない。

「……ありがとう。助けてくれて」

「何度だって助けるよ。だけど貴女を失う可能性なんて考えたくないの……もう離さないから」

 きっと大事に思われてることを、素直に喜べばいいんだと思う。

 それがあまりにレアな体験だから、今でも戸惑ってしまって、うまくいかない。

「……うん……私も離れたくない」」

 私だって少女と離れ離れになる可能性なんて考えたくない。

 もっと強く少女に抱きつく。

 それに合わせて、抱きしめてくれる力が強くなる。

 少女が私を抱きしめてくれることが嬉しい。

 自由に少女が動けるようになったことが、自分のことよりも嬉しい。

 世界を滅ぼさないために、苦しみ続けるなんて馬鹿げた呪縛から解放されたってことだから。

 あの縄が少女を痛めつけるのを見ていると、二人っきりのはずなのに、二人っきりだと思えなかった。

 私たちのことなんてどうでもいいと思っている存在に、邪魔されるのは嫌だった。

 だから、間違いなく二人の望む幸せな結末に近づいた。

 私が黒い影に侵されることや、少女の呪いに影響されるのは、解決していない問題だと思う。

 それは私が向こう側に連れていかれる可能性が依然残っていることを意味している。

 不安でないといえば嘘に……

「貴女をちゃんと護る方法を考えたの」

 私の抱えた不安を察して、少女があの忌まわしいしめ縄に目配せしながら、そう言った。

「あれで今度は貴女を……貴女だけを護るよ」

「っ……それって!」

 頭に浮かぶのは、もう一度あれに縛り付けられる少女の姿。

 やっと解放されたのに! 私のために犠牲になるなんて耐えられない。

「大丈夫、二人とも犠牲にならないよ。今の私だったら、あんな拘束具自在に扱えるから」

 自信満々でそう言い放った少女は、これ以上ないハッピーエンドを用意してくれた。

 

 

 

 

 

 女の子を連れ戻してから三ヶ月が過ぎた。

 講じた防衛策のおかげで、黒い影の侵食を二人とも受けていない。

 自分の身体を締め付け、搾り取るしめ縄ももうない。

 お互いがお互いのことだけを感じあえる世界が、初めて手に入った。

 自分の呪いのせいで女の子が異形化するのも、最近はある程度落ち着いている。

 少なくとも、命に関わったり、苦痛が伴うこともなく、容姿に惹かれあった訳じゃないから、実質無関係だった。

 最近は辺り一面に広がった女の子を、衣服のように纏うことで、文字通り一日中べったりだ。

 余すところなくお互いを感じあえるから、異形化してよかったね、と言い合う始末だ。

「これがこんな風に使えるって、皮肉な感じがするね」

 女の子が自分たちを取り囲むしめ縄を指しながらそう言う。

 このしめ縄には、自分の血がなくとも、ある程度黒い影を退ける力を備えていた。

 それはこうして二人を黒い影から護る結界を構築するには充分だった。

 多少は自分の神通力とでも呼ぶべき力で補助する必要はあるが、慣れれば呼吸するのと大差ない。

 

 この生活は幸せすぎる。必要とし合っていて、愛し合っていて、深く深く依存しあっている。

 貴女さえいればいい。そんな二人が幸せだけの生活に飽きるはずがなくて、ずっとずっとここで幸せに暮らす。

 自分たちを捨てた滅びゆく世界への恨みとか、散々貴女を利用した黒い影への憎しみは確かにある。

 だけどそんな無駄なことに使う時間なんてあるはずがない。

 なにせ、お互いが相手を想うのに大忙しで、負の感情が入り込む余地がなさすぎる。

「いつまでこうしてられるのかな」

「いつまでも。私が誰にも邪魔させないから」

 女の子が不安そうに呟く。

 それは自分も抱えた不安だから、その分迷いなく大丈夫だと言い切る。

 生まれてから一度も幸せとか安心を手にしたことがなかった。どれだけ相手に溺れていても拭えない傷痕がある。

 お互いの同じ所についた傷口を舐め合う。

 二人で同じ痛みを共有して、二人で同じように相手を想う。

 心に刻みつけられた痛みは、もう二度と消えない呪い。

 だけど、ずっとこうしていれば、いつかきっと貴女が塗り潰してくれる。

 その日が今から待ち遠しい。

 余計なものを全て捨てて、大事な貴女だけをいっぱいに詰め込める日が。

 

 

 

 終わりの見えない幸せの袋小路に迷い込んだ私たち。

 入り口は閉じてて、出口は閉ざした。

 爪弾きにされて排除された二人が閉じこもった、二人だけの閉じた世界。

 お伽話では神様と人間は悲恋に終わることも多い。

 だけど私たちは、辛いことばっかりだったから、力技でハッピーエンドにした。

 世界の命運なんてどうでもいい二人は、世界が滅びた後も幸せに暮らす。

 いつまでも、いつまでも。