すれちがっていても二人きり
<あらすじ>
高校2年生の楓と蕾は、幼稚園の頃からずっと一緒の親友同士。
蕾は楓に、恋の相談をしていた。学校で一番人気のある雪代先輩のことが好き。でも勇気が出ないから応援してほしいと。
その願いを快く引き受けた楓だったが、雪代先輩との仲を深めていく蕾を見て、自分の気持ちに気付く。
蕾のことが好きだと。
でも、どうすることも出来なかった。蕾には既に意中の相手がいる。告白する前から、楓は蕾に振られているも同然だった。
始まる前に終わった恋なら、自分の手で終わらせようと、傷付き続けながらも楓は蕾の恋を支え続けようと決める。
蕾は最初から雪代先輩のことなど眼中になく、楓のことを独占することしか考えていないことなど、知る由もなかった。
「雪代先輩ってカッコいいと思わない?!」
「あんたね……それ、今月だけでも百万回くらい言ってるよ」
放課後の教室へ差し込む夕日で、赤く照らされた教室の中、相変わらずな蕾を、いつもの感じで対応する。
蕾と私は幼稚園の年長組からずっと一緒。小学校でも、中学校でも、今通っている高校でも。
その間に、違うクラスになったのは、一昨年の一年間だけ。
私と蕾は何でも理解し合える親友。そう二人で思い合っていたのに、今はそうじゃない。
蕾の友達が、私達の仲は良すぎて、二人で話している時は、近寄りがたいと話しているのを聞いたことがある。
今にして思えば、親友を超えている関係だと見なされていたんだと思う。
その時に私が自分の心に気がついてたら、どうにかなったかもしれないのに。
「それより、話しかける、話しかけるって言って、いつ実行するわけ? 先週かなり背中押したと思うんだけど」
「ふっふっふっ……私を見くびらないで貰おうか。じゃーん!」
蕾は大仰な言い回しで、スマホに保存された写真をドヤ顔で見せつけてくる。
そこに写っていたのは、蕾と雪代先輩のツーショット写真。それは私にとって、気分のいいものではなかった。
「あんたいつの間に、ここまで雪代先輩と仲良くなったわけ?」
「楓がアドバイスをくれた次の日から、目立たないように、こっそり話しかけ続けて、今朝撮らせて貰ったの!」
ニコニコしながら、事の顛末を語る蕾。
その姿を見て、もう何度目かわからない、蕾を雪代先輩に取られてしまうことへの恐怖が湧いてくる。
「ふーん。よかったじゃん」
胸を押し潰すほどの痛みに耐えながら、当たり障りのない言葉を紡ぐ。
「ここまできて、冷たくしないでよ!」
「ここまでこれたんだから、そろそろ冷たくしてもいいでしょ」
この話題からそらさないと、心が張り裂けてしまいそうだった。。
でも蕾がこの話から、逃れてはくれることはなかった。
「楓が背中押してくれないと、私はなにも始められないんだから。というわけで、このあとどうすればいいのか、アドバイス頂戴?」
昔から蕾は、私にお願いをする時、急にしおらしくなる。
私に抱きついてきて、少し上目遣いになるように、瞳を見つめてくる。
私があざとい、という概念を知る前に、蕾はこの有効的すぎる頼み方を習得してしまった。
今なら、あざといと容易く一刀両断出来たのに、過去の積み重ねがそうすることを許さなかった。
「……わかったけど、今度何かお礼してよ……」
「もちろんだよー」
こうして私はまた、自傷めいた決断をしてしまうのだった。
最初は親友の恋の悩みを聞いてあげているだけだった。
それがだんだんと、蕾にアドバイスをして、背中を押してあげるようになった。
必要以上に真面目な私は、より適切な助言をするために、全く興味のなかった、雪代先輩のことを調べ始めた。
そして蕾が雪代先輩と上手くいくように、計画を二人で練ったりした。
必然、蕾と過ごす時間が増えた。ずっと一緒にいたのに、知らない一面に触れるようになった。
どんな風に悩んで、どんな風に人を好きになるか。
最初の違和感は、蕾の口から出てくる言葉から、私の名前が減った時だった。
蕾が楓と呼ぶ代わりに、雪代先輩と呼ぶ度に胸がちくりと痛んだ。
その違和感の正体を知ったのは、蕾が休日に私ではなく、雪代先輩と遊びに行くのを優先した時。
何気なく蕾を遊びに誘うと、その日は雪代先輩と約束があると断られた。
本当に何でもないことだった。でもそれが、私と蕾の当たり前が、当たり前じゃなくなり初めていることを、イヤでも自覚させた。
そのことに気付いたと同時に、蕾への想いにも気付いてしまった。
私は蕾のことが好きだったんだと。
ずっと一緒にいるのが当たり前だと思ってた。もう二人は特別だから、これ以上何もしなくても、ずっと特別で、蕾の一番でいられると。
でもそうじゃないと気付いた。一緒にいられたのは奇跡で、ふとしたことで、離れてしまうんだと。
でも、私が蕾への恋心を自覚したのは、蕾と雪代先輩をくっつける、キューピットの役目を安請け合いした後のことで。
自分の恋と、蕾の恋の板挟み……悩んだという言葉では言い表せないほど、苦悩した。
蕾の性格は、普段は快活なのに、何か決断するとなると、びっくりするほど臆病になる。
いま私が、蕾のサポートをやめてしまうと、彼女の恋路が閉ざされてしまうのは、明らかだった。
蕾の恋が成就することを、心から望めない私は、アドバイスするのをやめようかと思った。
大好きな蕾が、他の人に取られる手助けなんて、辛すぎたから。背中を押すのをやめたら、蕾の一番のままでい続けられるから。
でも結局私は、蕾の恋を支え続けている。
理由は単純。私は蕾と脈なしだから。蕾は私を恋愛対象として見てない。
蕾と雪代先輩との恋を止めることは出来るかもしれない。
でも、蕾がまた誰かに恋をして、その人から告白されたら、付き合い始めることになるだろう。
蕾は密かに人気があるから、永遠に私へ繋ぎ止めるのは無理だ。
蕾の一番の友達止まりの私では、ずっと一緒にいられるのは期限付き。
だから蕾を支えることにした。
ある日突然、私の知らないところで、蕾の一番を奪われるよりも、自分の手で奪わせる方が……楽だと思ったから。
楽な訳ないってわかりながら、毎日毎日傷付きながら、私は蕾が雪代先輩と付き合えるように、死力を尽くしている。
お昼の陽気な日差しに照らされて、心地のいい窓際にある自分の席から、グラウンドの隅にある体育倉庫を、ぼんやりと眺める。
その建物のそばで蕾が誰かと談笑している姿が見える。
話し相手の姿は、ここからでは建物の死角に隠れて、わからないが、当てるのは難しくない。雪代先輩だ。
雪代先輩と話をする蕾の表情は、とても楽しそう。それは私に見せたことがない表情……なんてことはなくて、緊張の色が残っている。
それでも、あそこまで打ち解けられたのは紛れも無い事実で、あの光景を見ているだけで、どうにかなってしまいそうだ。
親友の私が十年以上かけて築き上げた蕾との絆を、ほんの一月足らずで追い抜こうとしている、雪代先輩が恨めしくて仕方がなかった。
蕾とのハッピーエンドを迎えられないことは、知っている。でも、だとしても、それを現実に見せつけられるのは、辛いよ……
昼休みの終りを告げるチャイムが鳴ると同時に、蕾が体育倉庫から離れて、校舎へ戻って来る。
グラウンドから、二階の教室にいる私へ向かって蕾が、これ以上ない笑顔で、手を振っている。
きっと上手く話せたということを、私に伝えたくて仕方がなかったのだろう。
無理して笑顔を作って、手を振り返す。
蕾は私のことを、雪代先輩のことで、自分のことのように頑張って、手を尽くしてくれる、大親友だと思ってる。
だからその頑張りに応えようと、頑張ってる。そして上手くいけば、喜んでくれると、信じている。
だからあんなに綺麗な笑顔が、自然と溢れるのだろう。
素直に喜べたらよかったのに。友達の恋路を素直に応援出来たらなんて、当たり前が私には遠くて。
蕾が私の頑張りに報いようとしてくれる仕草一つ一つが、私を苦しめる。
そのことで蕾を非難出来ないのはわかっている。
いつも隣にいる私が、こんな想いを隠しているなんて、思いもよらないだろうから。
早く自分の気持ちに、決着をつけないといけないのは理解している。
いっそ蕾に告白しようと何度も思った。
でもそれをして、本当に蕾と離れることになったら、壊れてしまうから。それも出来なくて。
思考は同じところを、永久機関のようにグルグルと回るだけ。
蕾の姿が校舎の陰に消えていく。一分と経たずに、この教室の戻ってくる。
その時に、いつも通りに振る舞える自信が持てない。
頬に涙が伝いそうになるのを必死に抑える。
これ以上、あの二人が仲良くなるのを目にするのは、きっと耐えられない。
いつもの曲がり角で、同じ制服を着た人を見送りながら、蕾を待つ。
心の臨界点を感じてから、二週間が経った。
その間に、私の事態は何一つ好転していないのに、蕾と雪代先輩との仲は、日に日に深まっていった。
蕾が私からだんだん離れていって、雪代先輩と過ごす時間が次第に増えていくのを、遠くから眺める事しか出来なかった。
こうして二人の通学路が交わる場所で、蕾を待ったり、待ってくれていたりして、二人で登校するだけで楽しかったのに。
二人でいる時間を少しでも増やそうと、通学路が交わる高校をわざわざ二人で探して選んだのに。
なのに今は、蕾に会いたくないと思ってしまう。
会っても、蕾の最愛が別の人のものだと見せつけられるだけだから。
会わないために学校を休んでしまおうか。蕾が雪代先輩と付き合い始めるまで。
そうなってからだったら、自分の気持ちを諦められる気がするから。
「おっはよー!」
昔と変わらない笑顔で、蕾が待ち合わせ場所に笑顔でやってきた。
いつもと変わらないその笑顔に、胸を締め付けられる。
ふとした仕草の一つ一つが、すでに手に入らなくなりつつあると、知っているから。
雪代先輩に、放課後が奪われて、休日が奪われて。
今はこうして二人でいられる時間が、朝の時間しかなくなっている。
こうして二人で登校する当たり前が、いつまで続くかわからない。
明日にでも、雪代先輩を交えた三人で登校するようになって、二人の世界を見せつけられるようになるかもしれない。
「おはよう。あんたは朝から元気だけど、いいことでもあった?」
十数年変わらなかった、当たり前の残滓を噛みしめるように、蕾と挨拶を交わす。
「昨日の夜、ちょっと雪代先輩と電話で話したの」
嬉しそうに話す蕾。それだけなら、素直に可愛いと思えたのに。
二人でする日常会話の中にさえも、雪代先輩が侵食してくる。それが辛かった。
「楓……元気ないけど、何かあった?」
相当ひどい顔をしていたのだろう。蕾が心配そうに、見つめてくる。
それが寂しかった。
何かあったかと聞かれて、素直に答えられない、想いを抱えていることが。
でももし、答えの見えたこの恋心を、伝えたらどうなるだろう。
きっと蕾は困るだろう。万に一つくらいは、哀れんで私と付き合ってくれるかもしれない。
それでもいいかと何度も思った。蕾の優しさに漬け込んでも許されるんじゃないか、と。
「ちょっと怖い映画見ちゃって。それで、ちょっと寝不足」
「そうなんだ! 授業中に寝ちゃわないように、見張っててあげるね」
この笑顔は、私が嘘をついてるとわかってる時だ。
私はズルイから、私の嘘の裏側まで見抜いてくれることを望んでしまう。
私のこと好きなの? そう蕾が聞いてくれたのなら、本当のことを言える気がするから。
優しさに付け込む免罪符が欲しかった。
「楓……私さ……今日の放課後、雪代先輩に告白しようと思うんだけど、どうかな……」
それは二人揃って歩き出そうとした矢先のことだった。
心臓が止まった。そして破裂しそうなくらい、鼓動が激しくなる。
決して長くはない。だけど私の急所を的確に抉る、絶望に突き落とすには十分な言葉だった。
私の悩みが、蕾と雪代先輩との関係だと考えたからだろうか。
人が苦しんでいる時に、恋の話をするほど、蕾は無神経じゃないのは知ってるからこそ、そう思う。
現に蕾の推測は当たっているから。
「かなり仲良くなったと思うんだけど……楓はどう思う?」
言葉に詰まる。蕾の問いに答えることは、とても簡単なことだ。
告白すれば、きっと付き合える。
断片的にしか知らない私でも、それは確信出来た。
それだけに、答えられない。
「……うっ……」
大丈夫だという言葉を紡ごうとすればするほど、体がそれを拒絶する。
「……ごめんっ」
限界だった。
自分で自分の恋にとどめを刺せなかった。
「楓! どうしたの!?」
蕾が呼ぶ声を振り切って、走る。
どこでもいいから、どこか遠くに行きたかった。
蕾と向き合わずに済む場所へ。
生まれて初めて学校をサボった。
蕾は隣の席だから、学校には行けない。
ちょっと悪い生き方をしてたら、こういう時に行く場所を知ってるんだろうけど。
そういうのとは無縁の人生を送ってきて、いい場所を探す気力もなかった私は、学校近くにある公園に逃げ込んだ。
朝だから、子供も大人もいなくてとても静か。少し寂しいけど、心を休ませるにはいい雰囲気だった。
適当なベンチに座って、蕾のことを考える。
学校にも行かず、どこかに走り去った私のことを心配しているのかな。
私の気持ちにも気付いただろうか。
雪代先輩に告白するといった直後に、逃げ出したのだから、蕾か雪代先輩のどちらかを好きなのは明らかで。
蕾はこの二択を外すような、女の子じゃない。
どんな顔をして会えばいいかわからない。
怒っているだろうか。それとも困惑しているのだろうか。
どちらにしても、昔の関係には今更戻れない。
こっぴどく振られるか、温情で親友同士のままか。
私の望む結末が待っていないことだけは確かで……
やるせなくてぼんやりと、公園の遊具を眺める。
平日の朝早くの遊具たちは、その役割を果たすことなく、静かに佇んでいる。
そのことに侘しさを感じる。一際その感情を刺激するのは、見るからに寂れた遊具があることだった。
その瞬間、忘れていた蕾との思い出が体を駆け抜けた。新しく塗装されたり、遊具の位置が変わって気付かなかった。
でも私はここに一度だけ、来たことがある。
年中組の私はおつかいに出かけて、迷子になった。そうして一人辿り着いた場所がこの公園だった。
それが蕾に会った本当の初めてだ。たまたま通りかかった蕾が、不安で泣きじゃくる私の元へ駆け寄ってきて、頭を撫でてくれた。
落ち着いてから蕾のお母さんに手伝ってもらって、家に無事帰った。その時私は蕾の名前を聞き忘れていた。
もう一度私を助けてくれた、女の子に会いたいと思っていたら、次の日、幼稚園で違うクラスにいる蕾を見つけた。
生まれて間もない私が運命を感じた。そして、この子とずっと一緒にいたいと。
その頃の私は友達には頼られることが多くて、それを少し重荷に感じていた。
泣き崩れる私を知っている蕾には、頼りになる楓を演じなくていいから、素の自分でいられる大切な友達になった。
元を辿れば、最初に出会った瞬間から蕾のことが好きだった。
弱い自分のままでいられる蕾に依存していた。でも蕾は私に依存してはいなかった。
蕾から離れないとダメだ。このまま依存していたら、彼女の人生にしがみついたまま。
こうして振り落とされそうになる度に、蕾を困らせてしまう。それは私の望みではないから。
蕾から離れる為に、私の気持ちにケリをつけるために、蕾とちゃんと話をしないといけない。
「楓! こんなところにいたの!」
そう覚悟を決めたと同時に、蕾の声がした。
声のした方を見ると、無我夢中で走り回ったのだろう。全身に汗が滲んでいて、息を切らした蕾が立っている。
そんな状態の蕾が、駆け寄ってくる。
一言では表せない、複雑な感情のせいで、顔をそらしてしまう。
「ごめん。いきなり逃げ出して」
「どうして逃げたのか、本当のことを教えてくれたら許してあげる」
蕾が伏し目がちな私を、真っ直ぐ見つめている。
本当のことを話そうと決めたけど、その決意からほとんど間髪を容れずに現れて。
心の準備が全然出来ていないから、いざ本人を目の前にすると、覚悟が竦む。今までの関係が壊れてしまうことが怖い。
けどその先にしか、二人の未来がないのなら、変化を受け入れるしかない。
それにこれ以上先延ばしにしたら、蕾を余計に困らせちゃうから。覚悟を決めなきゃ。
「蕾……私にとってあんたがずっと一番大切だったの」
「……うん知ってるよ」
「私と始めた会ったときのこと覚えてる? さっき思い出した私が偉そうなこと言えないんだけど、迷子になった私を、あんたが助けてくれたの」
「そんなことあったっけ? 覚えてないなー」
「だよね。でもそれ以来、だから今までずっと蕾が王子様をみたいに思ってた。蕾には弱いところ見せて甘えていいのかなって、依存してた」
「そうなんだ……そこまで頼られたとは、知らなかったよー」
「それで、それで……蕾がどこかに行っちゃうんじゃないかと思ったら、急に不安になって、寂しくなって……蕾のことが大事で、大好きで、でも蕾は他に好きな人がいて、どうしようもなくてっ……」
話している内に、感情が雫となって溢れ出してしまう。こうはならないつもりだった。
こんな姿を見せてしまったら、優しい蕾は雪代先輩をきっと諦めてくれてしまうから。
「楓、ごめんね。今まで知らずにたくさん傷付けちゃったね。楓が私を想ってるのと同じくらい、私も楓のことを思ってるから、」
蕾が私が望んだ、優しい言葉をかけてくれる。それに甘えてたら蕾を困らせるだけだと、知りながら優しさににすがってしまいそうになる。
「雪代先輩のことは忘れよう! 楓をこんな風に悲しませるほどには、好きじゃないからさ!」
「そんなっ! あんなに頑張ったのに諦めるなんて!」
「気にしないで。本当に嫌だったらこんなこと言わないよ。その代わり、私は雪代先輩と付き合わないんだから、楓が私の恋人になってね」
蕾が笑顔でそう言ってくれるから、私の為だけの提案に乗ってしまいそうになる。
そうやって心地いい方に流れるんだと、自分で理解しているから、私のためにしかならない優しさを、今なら拒絶出来る。
「その気持ちはとっても嬉しいんだけど、蕾の気持ちを犠牲にはしたくな……」
「今、雪代先輩とはもう会えないってメッセージ送ったから!」
そう言って見せつけてきたのは、暗に付き合えないと言い放つ内容のメッセージと、送信済みの表示。
「蕾! そんなことしたら、もう!」
「取り返しつかないねー。あーあ。これで楓に振られたら、相当悲惨だなー」
私のためにここまでしてくれる蕾。いつもこうして、万策尽くして私を甘やかしてくれるから……一番欲しい全てをくれるから、抵抗出来ないよ……
「ありがとう蕾……私、蕾のこと大好き……私と付き合って欲しい……」
「うん。お互いがお互いのこと大好きなんだから、これはもう付き合うしかないよねー」
温もりが体を包んでくれる。結局私は、抜け出せなかった。
抜け出さないことを、蕾の最善にしてしまうことで、私の罪悪感も減らしてくれる。
どんどん沼にはまっていく、そんな感じがした。きっと一生私は、蕾の身を呈した優しさから抜け出せない。
「蕾……ごめんね……私、雪代先輩に謝りに行くから。さっきのメッセージだと、きっと怒ってるだろうから……」
「いいから本当に気にしないで。私と雪代先輩の関係なんだから、楓は関係ないよ。私が雪代先輩に、いきなりひどいことをしたんだから、謝るのは私だけ。ね?」
「でも!」
「楓が来たら余計に拗れるから。お願い」
「わかった……全部蕾に甘えちゃってごめんね……」
「どうせならそこは、甘えさせてくれてありがとうって、言われたいなー」
どこまでも、際限なく深い深い優しさに、浸っているだけで心地いい。
今でさえこうなのに、蕾が恋人になったら、人の形を保てないくらいに、溶かされてしまいそうで……
そんな未来があるのかもしれないと考えるだけで、心が躍った。
私たちが初めて会った時のことを、楓は覚えていない。
楓は幼稚園の年長組で、クラスが同じになって、そこから仲良くなったと思ってる。
本当の出会いは年中組の時で、私が幼稚園の庭で遊んでいた時に、年長組の男子の群に絡まれているのを、楓が助けてくれた時だ。
私の心は奪われた。年上の力で勝る男子達を、颯爽と現れてやっつけてくれる女の子に。
今にして思えば大したことないエピソード。でも友達がいなくて、孤独だった幼い私には、大きくて、カッコよくて、絵本に出てくる王子様に巡り会えたような気分だった。
それから私は楓を視線で追い続けた。話しかける勇気を持てないから、遠くから憧憬の念を向けることしか出来なかった。
二人の関係に転機が訪れたのは年長に進級してから。クラスが同じになったこと、そしてクラスで孤立しつつあった私に、楓から声をかけてくれたことがきっかけ。
憧れの王子様から差し出された手を離すまいと、私は楓に追いすがった。
私と楓が親友と呼んでも差し支えない関係になれたのは、偶然としか思えなかった。
楓の周囲にはたくさん人がいた。容姿端麗で、私にしたように困っている人は放っておけないヒーロー体質。人気にならない理由がない。
私が楓の一番でいられる理由がわからなかった。いつ楓の一番が奪われるのかと、いつも恐怖に震えていた。
偶然手にしただけの親友という立場が、砂の城なのはわかっていたから、不安で仕方なかった。
私のように根暗な女の子は、王子様の庇護下でないと、生きていけない。
楓と出会う前の私は、いじめられたり、除け者にされていたから、どんどん楓がくれる安心に依存していった。
私を守ってくれる楓の近くでないと、除け者にされないように、積極的に人と関わる明るい自分でいる勇気を持てない。
どこまでも楓が大切に、生活の一部から、人生そのものになっていく。
だから、楓を失わないように、束縛し始めた。
恋人繋ぎで毎日登校して、休み時間も二人でべったり、お互い好き好き言い合いって、それこそ恋人同士としか思えないほどに。間に割って入れる訳がないと、周囲が萎縮するほどに。
二人でいる時間を減らしたくないから、帰宅部にしようと言ったら、楓はなぜか頷いてくれて、ずっと帰宅部。
楓が生来のヒーロー体質を発揮する場を奪って、独り占め出来るよう手を尽くす。
万策尽くしているつもりだった私が壊れたのは、高校に入った楓が、隠れて女の子に告白されていたのを偶然見かけた時だった。
相手は陸上部でエースの人。校内では有名人だから、接点のない私でも知っているような人だ。
なんの魅力もない、地味な学生生活を送り、側には面倒くさそうな私が張り付いていてもなお、楓がモテるということに衝撃を受けた。
幸いこの時、楓は断ってくれたけど、付き合ってもいいと思う相手が、いつ現れるかわからない。
それからひと月も経たず、校内一の人気者であることは疑いようのない、雪代先輩から相談を持ちかけられた。
雪代先輩の人気を羨んで、彼女に暴力で八つ当たりしようとしている人たちを、楓が事前に阻止していたらしく、それ以来楓のことを密かに想っていたと。
そして、楓と仲のいい私に、間を取り持って欲しいと。
この女は何をいっているのかと思った。先の一件と合わせて、世界中が私から楓の一番を奪おうとしているのかと、錯覚してしまいそうになった。
心情としては、相手が誰であったとしても、楓と恋人になるための橋渡しなんて絶対にやりたくない。
それでも私は迷った。楓がどうして私を一番に考えてくれるのかがわからなかったから。
相手のことが一番だというのが、私だけの思い込みだったとしたら……意図的にそれ以外の選択肢を奪っている私を疎ましく思う日が来るかもしれない。
確かめたかった。楓の一番が私である理由と、本当に一番なのかどうかを。
雪代先輩にノーを突きつけることは簡単だったけれど、表面的には間を取り持つことにした。楓と雪代先輩の関係をコントロールした方が、安全だという打算もあった。
かなり危ない橋を渡ることになる。でもそれは二人きりでずっと一緒の未来があると、私が安心するために必要なことだから。
私は雪代先輩と楓に一つずつ嘘をついた。
雪代先輩には、二人の間を取り持つという嘘を。
楓には、私が雪代先輩のことが好きになったから、彼女のことを調べて欲しいと。
この時点で楓が私を手放すか、雪代先輩になびいていたら、私は壊れていただろう。
だがそうはならなかった。楓が雪代先輩に傾倒することはなく、むしろ私の口から雪代先輩という単語が溢れるだけで、表情を曇らせるようになった。
放課後一緒にいられない日があると、休日二人で遊びに行けないと断ると、次会うとありえない速度で私を抱き寄せるようになった。
理由はわからないけど、楓が私に依存していることが明らかになった。嬉しい。
雪代先輩が、楓との会話が噛み合わないことがあると、文句をつけてきたなんて些事があった以外、計画通りだった。
自分のサポートで、雪代先輩と仲良くなる私を側で見守り続けて、楓は日に日に病んでいった。
滅多に見せない、弱々しい楓を見れて嬉しくなかったと言えば嘘になる。
でもこれ以上は楓が耐えらないのは明らかだったから、二人で結ばれることにした。
雪代先輩に告白すると告げると、楓は今まで見たこともないほどに狼狽えて、どこかにいってしまった。
運動が苦手な私が、陸上部に勧誘を受ける楓に追いつくことは不可能だった。
この展開は予想外だった。目の前で感情を吐露してくれると想定していた。それで、その気持ちを受け入れる予定だった。
私を失うと考えただけで、ここまでなるほど想ってくれていたことに、悦びを隠せない。
でも……それだけの強い感情を私に向けてくれていたことが、不安に変わる。楓が血に塗れる未来が頭に浮かんだ。
心神喪失状態で道路に飛び出して死んだら、命を絶とうとしたら……楓に拒絶されたら、私はきっとそうなってしまう。
そうならなっていないようにと祈りながら、必死に学校の周辺をしらみ潰した。
一時間以上探し回ってようやく楓を見つけた。
楓は思ったよりも落ち着いていた様子で、でも勇気を振り絞って私に告白してくれた。
王子様みたいな自分じゃなくて、弱い自分を見せても許してくれるから好きだと言ってくれた。
それは私が抱えていた、疑問への回答にもなっていて、とても満足いくものだった。
私が忘れていた、二人の思い出を書き足してくれたのも、すごく嬉しかった。
本当の出会いは、私からだった。何よりも大事な楓との思い出を忘れている、自分に腹が立ったけど、悪いことばかりじゃない。
私だけが覚えている思い出と、楓だけが覚えている思い出。重ね合わせたら、ステキな二人だけのアルバムが出来るから。
二人でお互いの足りない部分を補い合って進んでいく。そんな未来が広がっていることが確信出来た。後しないといけないのは……
二人でずっといるために、邪魔なもの二人で一緒に全部捨てちゃおうね。
蕾と恋人になって二週間が経った。
私に気を使って付き合ってくれてるんじゃないか。そんな不安は拭いきれていないけど、二人固く手を繋いで、仲良く登校する。
昔と同じことをしているだけなのに、世界が輝いて見えた。
気に食わない表現だけど、恋の魔法にかかっている感じだ。
「授業中楓と話せないの、辛いよー」
「あんたね……毎日毎日ずっとおしゃべりしてるんだから、少しくらい我慢しなさい」
惚気る蕾を小突きながら教室に入り、自分の席に向かう。
磁石をボンドでくっつけたように離れない蕾を引き剥がして、自分の席に向かう。
「なに……これ……」
完全な不意打ちだった。自分の机に罵詈雑言が落書きされていた。隣にある蕾の机にも。
昨日までなかったそれに、心が恐怖で一杯になる。
思わず辺りを見回す。気付いているはずだ。でもみんな知らぬ存ぜぬという態度。クラス全員がこのことを容認しているような空気。
どうしてこんなことをされるのか、全く身に覚えがなく、何が起きたのかわからない。
「蕾……これ……っ……」
救いを求めて蕾へ視線を向ける。
笑っていた。この醜悪な落書きを見て、刹那の一瞬、蕾の頬が上がっているのを見てしまった。
蕾の見る影もない歪みきった笑みに背筋が凍る。恐怖のあまり出てしまった表情だ。そう自分に言い聞かせて、もう一度事態の推測のために落書きを見る。
注意深く観察すると、不可解な点ところが目についた。死ね、殺すという王道の暴言はあるにはある。でも大半が、嘘つきや虚言癖のクズといった、私が人を騙したことを糾弾するような内容だった。
単なるイジメとしては、内容の偏りがある。なんとなくだが、イジメるというよりは、報復の意味合いが強そうに思えてならなかった。
「酷いことする人もいるもんだねー。二人で付き合うことにしただけなのに、辛いねー」
そうあっけらかんと言いながら、授業の準備を始める蕾。そのことは変じゃない。誰だってこんな状況に突然放り込まれたら、現実逃避してしまうから。
二人で付き合うことにしただけなのに……なんでそう言えるの? どうしてこれだけの情報から、そう断定出来るの?
こうなった原因を知っている……でも、そのことを問いただす勇気が持てない。
それは開いてはいけない扉だから。私が思わず蕾に告白してしまったのとは比べ物にならない、もう二度と友達にすら戻れなくなるから。
恐ろしいのは、蕾がそのことを隠そうともしていないこと。直接言葉にはしないけど、暗喩とさえ言えない、ほとんど直喩に近い自白をするくらいだから。
蕾の考えていることがわからない。
二人の間にまた一つ隠し事が生まれた。
こうなった原因を知る蕾。それを知る勇気が持てない私。私たちの間を取り巻く霧が晴れて、幸せな日常を謳歌していたら突然、暗い闇の底に引きずり込まれた気分だった。
お昼休みになっても、教室中にこだましている、私たちを排除しようとする雰囲気が、軟化することはなかった。
それに耐えかねて、蕾をグラウンドの木陰で昼食にしようと誘った。
普段は教室で食べるけど、きついペンキの匂いがする机の上に食べ物を広げるのは、イヤだった。
昨日までと変わらない風景と日差しの下。隣には私の作ったお弁当に舌鼓を打つ蕾がいる。
手料理を食べて幸せそうにおいしいと言ってくれる、横顔を見ているだけで幸せ一杯になれていた。
同じ蕾のはずなのに、こんな状況でも同じままの蕾に、不信感を隠せない。
「蕾……今朝のことなんだけどさ……」
迷っていても仕方ないのは、身をもって知っている。それに蕾にはもう、ためらいたくなかった。
そのツケを蕾が払ってくれてしまうから。だから蕾と二人の時は、一歩踏み出す勇気を持つと決めた。
「どうして、二人で付き合い始めたから、イジメられたと思ったの?」
「これって私が雪代先輩のことを土壇場で振ったからでしょ。だから私だけだったはずなのに、恋人の楓まで巻き込んじゃったから。それで悪いなぁって」
「そ、そんな……」
言葉を失った。言われてみれば、私たちが恨まれそうなことといえば、それしか思い当たらない。
だとしたら、その直接の原因は私にある。私が蕾に告白しなければ、全てが上手くいっていたのだから。
悔しかった。私のせいで、自分の幸せを掴めなかったばかりか、イジメられるようにな立場へ追い込んでしまった。
雪代先輩と付き合っていたとしても、結局恨みは買ったかもしれないが、不本意な相手と付き合って恨まれるのとは、訳が違う。
こうして落ち着いているのは、蕾は心のどこかで、こうなるとわかって、それでも私と付き合ってくれたんだ。
「今別れたら楓は助かるかもしれ……」
「バカ言わないで! 私の為に雪代先輩を振ったんだから、私だけが罰を受けるべきなのに、蕾にまで背負わせちゃった」
私の為に身を投げてくれた蕾。この程度で償えるとは思わないけど、全力で蕾を守るんだ。
「蕾は私の為に全部投げ出してくれた。だから、私はその気持ちに応えたい。何があっても蕾を守るから」
たとえ一瞬であったとしても、ここまで尽くしてくれている蕾を疑ってしまった自分が許せない。
二度と蕾を疑わない。そう覚悟を決めて、蕾を胸に抱き寄せる。
「私の為にありがとう。何があっても離さないから」
「うん。絶対だよ」
蕾にとって私は一番じゃないかもしれない。でも私にとっては、蕾が一番だから、蕾の一番になれるよう頑張る。
そう心に固く誓う。
楓の誓いの言葉を聞いた瞬間、楓を手に入れた悦びに打ち震えた。
楓と付き合い始めた瞬間に、雪代先輩へ送ったメッセージ。楓はそれを、私が雪代先輩を暗に振ったんだと解釈した。
でも雪代先輩から見たら全く違う。楓との間を取り持つはずの私に拒絶された途端に、楓と付き合い始めたんだから。
当然雪代先輩に説明を求められた。それにはありのままを伝えた。楓が私に突然告白して来て、それを受け入れただけだと。
それを聞いて雪代先輩は素直に引き下がってくれた。この女は物分かりがいい。この人の力では私たちは二人っきりになれない。
だから私は、楓がこの女になびかなければ、彼女の圧倒的な人気にあやかり二人きりになれるよう行動していた。
雪代先輩がよくても、彼女のファンが納得するとは限らない。幸運なことに私は賭けに勝てた。彼女のファンは、リサーチして想定していたよりも面倒くさかった。
私は支離滅裂な二枚舌を心がけていた。雪代先輩に楓との接点を作ると言いながら、楓にはそのことを伝えず、あくまで私の為のリサーチで雪代先輩と会う。
話が噛み合わない不満をぶつけられるけど、楓は恥ずかしがり屋さんだからと言って、誤魔化した。
楓が雪代先輩へのプレゼントを選んで、買ってきてくれたこともあった。私はそれを受け取って、同じ物を購入して、それを楓からの贈り物と称して、雪代先輩に渡した。
ここまで徹底すれば、第三者からは、楓と雪代先輩が、どこか恥ずかしがって煮詰まり切らない両想いに。楓からは、私から雪代先輩への希望のある片想いに見える。
こうして歪みを貯めに貯めた関係に、私が終止符を打った瞬間、雪代先輩の時間を独占していた私たちへの不満が爆発した。
仲良くなり、積極的にプレゼントを贈り合いながら、こっぴどく雪代先輩を捨てた楓への憎悪は凄まじかった。
そして雪代先輩をサポートしつつ、最後の最後に手のひらを返した私への憎しみも同じく深い。
その二人が付き合い始めた。雪代先輩のファンは学校中にいる。私と楓の二人がまとめてイジメられて、クラスどころか学校中から孤立するのに、そう時間はかからなかった。
地味ないたずらから、目に見える嫌がらせに変わった。楓は鈍いから、机に落書きされるまで気付かなかったけど、その前から前兆はあった。
初めての落書きからひと月足らずで、暴力が体を掠めるようになった。
楓が私を守ると誓ってくれた時、本当に嬉しかった。そして今、私を守れなくなりつつある。
楓は自分のせいでこうなったと思い込んで、自責の念に駆られている。
救いは私しかないから、どんどん私に溺れていく。
でも蕾が傷付くのは自分のせいだから、甘えて溺れて最低だと自分を責めて、際限なく心を自傷している。
幸せでたまらない。蕾の為、私のせいで蕾が……楓の思考が全部私を中心に巡るようになった。
以前では考えられない思考回路。それがとても幸せ。
私が傷ついたら、楓も傷付く。さも一心同体かのように振る舞う楓は、どこまでも愛おしい。
日に日に狂う楓と。最初から狂っている私。
最大の不満は、楓が今だに、私の最愛が雪代先輩だと思っていること。
根っこのところを誤解されたままなのが、不満で仕方ない。せっかく二人っきりになれたのに、こうして楓の思考を雪代先輩に邪魔されたら興ざめなんてレベルじゃない。
初めから楓に狂っていたんだと、わかって欲しい。
だからそろそろ本当のことを話そう。楓に。あともう少し、二人一緒に堕ちた頃に……
私は蕾の企みを全て知っている。
具体的には蕾に初めて暴力を振るった相手を、こっそりと締め上げた時に知った。
そいつは訳のわからないことを言っていた。
私が雪代先輩を好きだとか。雪代先輩は私のことが好きで、二人を繋ぐ使命を蕾は帯びていたとか。
少し調べたら、詳細全部ではないけれど、蕾の思い描く計画の全容は掴めた。
私を奪われる恐怖を捨てる為に、二人で世界から孤立したかったんだ。
それを知った時、胸が軽くなった。私は蕾の最愛を奪ってはいなかったんだとわかったから。
そしてもう、蕾が他の誰にも奪われるかもと、恐る心配がないんだと。
真の安心を蕾がくれた。恋人同士なんて、二人ずっと一緒にいられる保証になんてなるはずがない。
だから蕾自分と私を犠牲にして、その不安を消してくれた。
もはや誰も私たち二人にわずかな好感も示さない。
好意を向けられると嬉しいけど、悪意はちっとも嬉しくない。悪意で包まれることが、安心なんだ。
もし環境が変わっても、二人力を合わせて、孤立しちゃえば、二人っきりでいられる。
蕾がくれた答えは明瞭で、森羅万象から嫌われる覚悟を持てばいいだけ。
ただ一つ不満があった。それは蕾が、真実を話したら私に嫌われるかもと、私を信じてくれていないこと。
その恐怖を私は知っている。それを乗り越えた先に、より深い絆が生まれることも。
だから私は、蕾が本当のことを教えてくれるまで、蕾の最愛は雪代先輩だと思い込んだままでいることにした。
蕾はいつか本当のことを話してくれると、知っているから……