神薙羅滅の百合SS置き場

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妹「お姉ちゃんを壊す為に……」

<あらすじ>

 かしこすぎた赤子は、それに釣り合わない自分の肉体を呪った。そしてほどほどの知能を持ち、心身が釣り合っているお姉ちゃんを羨んだ。

 その軽蔑を孕んだ感情を抱えたまま成長した妹は、お姉ちゃんへ異常な執着心を募らせていく。

 

 

姉「ニートの妹を養う!」 - NAHARASANの百合SS置き場 これの妹視点であり、後編にあたります。


 

 

 産まれたての赤子が、言葉を話せない理由は? 普通は知能の問題だろう。だが私の場合は、声帯の未発達。大声で泣き叫んだりは出来るが、言葉は紡げなかったのだ。
 それは既に充分な意思疎通が可能だと言うのに、それが円滑に行えないということ。思った通りに動かない身体も相まって、産まれてからの一年は地獄だった。
 産まれて初めて目にした物は、三歳のお姉ちゃん。彼女は言葉を発するのに充分な声帯があるのにも関わらず、どこかたどたどしい日本語を話していた。
 私は零歳児だけど、貴女よりちゃんとした日本語で思考をしている。本来私の方が優れている筈なのに、私の方が幸せでなくちゃいけない筈なのに……お姉ちゃんは身体と知能のレベルが一致してるから、私の何倍も生きるのが楽そうに見えた。
 私は優れ過ぎていて不幸だった。お姉ちゃんくらい頭が悪い方が良かったのに……子宮を出て数分も経たない私に、初めて芽生えた感情は、お姉ちゃんの低い知能への嫉妬と、それでもヘラヘラしてられる事への軽蔑だった。


 ただお姉ちゃんが呑気にいられたのは一瞬だけだった。
 私たちの両親は、いわば出来る側の人間。死ぬ気で努力すれば凡庸な偉業なら成せる人達だった。それだけに私達が出来ないと言ったら、それは努力不足だと断じる人格破綻者。
 私は平凡を圧倒的に凌駕してるから、大した努力もせずに、自分の目標を達成出来るし、二人の期待を裏切る事は一度としてなかった。と言えば聞こえは良いけど、結局は親のエゴを満たしてあげてただけ。その方が得だと考えてただけの事。
 それでお姉ちゃんの方はと言うと、この二人の子として産まれたのは悲惨としか言いようがなかった。お姉ちゃんは平凡ではない。寧ろ優れてる。でも私達の親はそう思わない。無自覚に無理難題をお姉ちゃんに課し、それが達成出来なかったら、努力不足と罵倒し、満足に努力も出来ないクズと人格否定する。本当は死ぬ程頑張っているのに。
 私はその光景を遠くから眺めてるのが大好きだった。確かに二人は優れてるけど、人にはそれぞれ能力の限界があるって事を理解出来る程には頭が良くはなかった。中途半端な天才特有の傲慢さ。一方のお姉ちゃんは、不可能を課す親が悪いのではなく、自分が一方的に悪いのだと、自尊心を擦り減らしてまで、必死に天才に追い付こうとする馬鹿正直さ。天才の背中が中途半端に見えてしまう秀才にありがちな自滅パターン。
 人を壊して行く、壊れて行く過程はとても趣があるのだと知ったのは、私が二歳の時。私の行動理念が完成した瞬間。人の精神を壊すのが私の悦び。それは帝王学なんて、崇高な物じゃないのは、明らかだった。

 私は沢山の人の人生を壊して来た。いじめられている子の理性を破壊して、いじめっ子を皆殺しにさせたり。或いは逆に、いじめられっ子を集団自殺させたり。時にはテレビで持てはやされてる若き天才を、私が軽く捻り潰したり。他にも沢山の壊し方をして分かったのは、人って案外簡単に壊せるって事……つまり自分を支えてる信念を折っちゃえば一撃で殺せる。そして一番驚いたのは、お姉ちゃんの心は、私が壊して来た誰よりも強かったって事。
 その事に気付き始めたのは、私が小学生になって三年が過ぎた辺り。半年も経つ頃には学校中に私の支配が及び、好きな生徒を直接手を下さず殺せたし、好きな教師を破滅させられた。まだ私も幼く、加減知らずで少しはしゃぎ過ぎ、都内の名門私立にも関わらず、二年で廃校にさせてしまった。件のお姉ちゃんはと言うと、地獄と化した学校生活を生き延びた。自尊心の低いお姉ちゃんの事だから、少しいじめれば自殺すると踏んでいたのだが、そうはならなかった。
 でもそれだけだったら私だってお姉ちゃんに執着したりしない。最初の小学校の生き残りが百人は居たから。転校してすぐ、私は新たな学校への支配はそこそこに、残りの百人を潰していく事にした。売春を無理矢理、それも同じ学校に通ってたその子の友達の親にさせて、同時に二つの家庭を破壊したり。変わり種では、怖がりな子相手には、都市伝説を流布させ、集団ヒステリーを起こさせたりもした。そんな感じで、手を替え品を替え一年で九十九人は殺せた。
 
 お姉ちゃんは殺しきれなかった。

 

 思い返して見れば、無意識に身内だからと手心を加えてこそいたが、それでも最後まで残るとは思っていなかった。ここに来て私は、お姉ちゃんを壊せないんじゃないかという危機感が生まれ始めていた。数多の人間を趣味で破滅させて来た人間が、一人の人間にここまで身が入るのはいびつ極まる。この感情を払拭すべく、私は持てる全てを懸けて、お姉ちゃんを壊そうとした。

 

 お姉ちゃんを片手間で壊せないと理解した私は、先の誓い通り、心血を注いでお姉ちゃんを責め立てた。それまでは、自分が楽しむ為に……つまり目的として、人心掌握していたのを、ただお姉ちゃんを追い詰める手段として、それを行った。
 初めに私が行ったのは、お姉ちゃんの自尊心を極限まで削ぎ落とす事。親の教育もあり、お姉ちゃんは自分を何の取り柄もないと思い込んでいた。それでも、何か突出した才覚がないかと、色々な事に挑戦し、自分に向いてる物を必死に探していた。それをするだけの心のパワーは、未だ健在だった。
 それも当たり前の事で、何の取り柄もないと思い込む割に、中立的に見れば全てに秀でているお姉ちゃんは、挑戦したほぼ全てで、大会やコンクールで入賞する域まで形にはなる。これでは自信を全て失わせるのは難しい。なのでお姉ちゃんが、ある程度結果を出し始める段階になると私はすかさず、同じことを後追いで始め、一瞬でお姉ちゃんを凌駕して潰す。ひたすらこれを繰り返した。
 当然親は妹に遅れを取ったお姉ちゃんを責め立てた。お姉ちゃんの周りに居る人さえも、私を賞賛し、お姉ちゃんを私の欠陥品と嘲った。
 
 次に私が行ったのは、お姉ちゃんに友好的な関係を消していくこと。幸い家庭にお姉ちゃんの居場所なんてないから、追い詰めるのは割合簡単だった。お姉ちゃんの友達全員を一晩で抱き込み、お姉ちゃんは友人を一夜で全て失った。お姉ちゃん自身は何も思い当たる節がないのだから、その時の狼狽する様は中々面白かった。
 追い打ちとばかりに、生徒と教師全員でお姉ちゃんをいじめさせた。まぁありがちでつまらない手だけど、学校という狭いコミュニティーに依存しがちな、学生相手にはこれ以上なく効果的。
 こんな事をお姉ちゃんが高卒で就職し、家を出るまでの七年近くも続けたが、結局お姉ちゃんを壊し切れなかった。勿論無傷って訳ではなかった。その証拠に、大学に通うとなると、親の経済的援助を得ねば厳しい。一刻も早く、親との縁を切り、私から離れ、完全に一人で生きたかったお姉ちゃんは、働く事を選んだのだ。


 まんまと逃げられた。でも私はお姉ちゃんを追いかけようとは、微塵も思わなかった。反撃も出来ない状況に追い込み、一方的に苛烈に攻め立てる……そこまでしておきながら殺し切れないのなら、素直に負けを認めるべきだ。というより本来は、最初の二年で私は敗北を認めて、お姉ちゃんを自由にさせてあげるべきだったのだ。
 自分では自分なりの誇りを持って、心を壊して来たつもりだったが、実際には一つでも例外があれば、それが許せず延々と追いかけ回す、醜悪な人間性。その事に漸く気付いた私は、身を引く事にした。私が糸を引いてると、感付きつつも、私を殺しに来なかったお姉ちゃんの気高さに敬意を表して。
 産まれた直後には、軽蔑していたお姉ちゃん。それが今では尊敬の対象へと変化していた。お姉ちゃんに嫉妬し、執着し、傷付けた。私の醜く歪んだ精神性がそうさせただけで、その本質が恋である事を自覚するのが遅過ぎた。
 こんな愛せば愛する程、暴虐を尽くす怪物がお姉ちゃんと結ばれて良い筈がない。それでも赦されるなら、罪滅ぼしとして、お姉ちゃんが幸せになる手伝いくらいはさせて欲しい。お姉ちゃんが危機に瀕した時に、影ながら助力する。それなら少しは健全な関係だろう。
 

 

 

 お姉ちゃんと離れて二年と半年が過ぎた。私は日々の虚しさに心折れていた。溢れ出る全ての感情を、余すことなくお姉ちゃんにぶつける……思い返して見れば、それが私の生きて来た道だったのだ。その相手が突如消えたのだから、虚ろになって当然だ。お姉ちゃんの代わりなど居る訳もなく、いつまで経っても空っぽのまま。
 私らしくもなく、高校ではごく普通の女の子として、友達を作っていた。高三の十月ともなれば、同級生は受験に身が入ってくる。それは私の周りも例外ではなく、飛び級余裕な私が、友達に勉強を教えるなんて、余りに健全な交流を行っていた。
「私のお姉ちゃん、大学出て今年から働いてたんだけど、ブラック過ぎて、そこやめて来週から帰って来るんだー」
 友達の一人が勉強会で話題に挙げた、些細な一言。でもそれは私と重なる部分もあって、お姉ちゃんの現状を知りたい衝動に駆られた。近付けば手を出してしまいそうだから、自分からは連絡もせず、お姉ちゃんからもそういった事はなかったから、離れてからの接点はない。
 少し位なら良いだろう。軽い気持ちで……連休中の国内旅行をする感覚で。

 

 お姉ちゃんは死にかけていた。

 

 連休中だというのに、朝から晩まで仕事に行き、終わる頃には終電はなく、身体は暴力を振るわれ傷だらけ。家に帰るなり、手首を切り、ロープを火災報知器に括り付け、練炭の準備をする。
 頭がおかしくなりそうだった。いや。完全に狂った。私は暴力なんて安易な手段で人を壊した事は一度だってない。そんなのつまらないから。何より思い入れを感じられないから。なのにお姉ちゃんと出会って、たった二年の人間が、お姉ちゃんに怪我をさせる? 自殺未遂するまで追い詰める? 私の許可も得ずに?
 お姉ちゃんをいじめてる時に、暴力を振るおうと許可を求めて来た人間を粛清していたのは、間違いじゃなかったのだと思い知った。
 私が成し遂げられなかった事を成した相手への、敬意なんて微塵も生じなかった。あるのは純粋な殺意。念じるだけで呪い殺せると確信する程の怨念……
 でも今一番優先度が高いのは、お姉ちゃんを護ってあげる事。そして、一刻の猶予も残されていないのは明白。だから今すぐにでもインターホンを鳴らしたい。お姉ちゃんを抱きしめてあげたい。
 しかしそれをするのは得策ではない。一つには、お姉ちゃんは私を嫌ってるって事。少なくとも、側に居てくれて安心出来る相手では絶対にない。それだけの事をしたのだから当然……いや、殺されたって文句を言えない事をしたのだ。中途半端に押し掛ければ、追い打ちとなり、衝動的に死にかねない。絶対的な安心感を与える何かを用意してからでないと会えない。会ってはいけない。
 で、二つ目は些細だけど厄介な問題。クラスメート、そして親との関係だ。厄介な事に無気力だった私は、クラス内でそれなりに目立つ存在。突然失踪したら同級生が確実に捜索する。親の敷いたレールに今まで乗っかってあげてた私が、ある日お姉ちゃん一筋になったとしたら、確実に親が止めに来るだろう。そうなれば無自覚に、無神経にお姉ちゃんを苦しめて来た二人と、引きあわせる事になりかねない。
 どう考えても厳しい課題を、同時にこなさないといけない。出来れば数日中に。失敗すれば最愛の人を永遠に喪ってしまう。私の持てる全てを懸けて、お姉ちゃん以外の因果を根刮ぎ断ち切って、帰って来る。
「あと少しだけ……ほんの少しの間だけ生きてて」
 
 お姉ちゃんで頭を一杯にして、お姉ちゃんの為に日常を凄惨に彩る。私の平常が還って来た。でも、その性質は以前の面影を残してはいない。お姉ちゃん以外に向けていた、感情が全て、愛や執着の紛い物だったって気付いたから。そんな無駄な物は全部捨てて、お姉ちゃんへの純粋な想いだけになったから。
 私がお姉ちゃんに向けていた残虐性の矛先が、世界へ向いた。二年の時間をかけ、研ぎ澄まされたそれに、誰も耐えられなかった。海の底に沈む者、車の下敷きになった者、街路樹に首を飾った者……私を知る者は皆んな消えた。お姉ちゃんへの愛を邪魔する物から解放された。解放されて初めて気が付いた。私の異常を逸脱した悪意が、お姉ちゃんへの想いの余波でしかない事に。だって、お姉ちゃん以外を捨て去っても、喪失感は一片もない。あるのは、空いた心の余白にこれからお姉ちゃんを詰め込める期待と悦び。
 お姉ちゃんを迎えに行く準備は整った。遠回りし続けて十八年。今までを清算して、これからを二人で歩む為に……


 お姉ちゃんを救う事を決意してから五日が経っていた。人間関係を切除するのは、想定より早く終わった。精神の成熟と共に、知らずと人心掌握の技量が成長していた。それでも、お姉ちゃんの安心を勝ち得る最適解を、見つけられなかった……と言うより、お姉ちゃんに拒絶される恐怖……そんな思考の片隅に置きたくもない絶望的な結末を考えるだけで、自信や覚悟は容易く瓦解して行く。
 ほんの少しの楽しみの為、人を自決させ、殺しをさせ、女を売らせ、買わせ……殆ど全ての犯罪を犯して来た私が、お姉ちゃんと真っ直ぐ向き合う。ただそれだけの事で、ここまで臆病になるとは……我ながら情けない。
 インターホンを押そうとする手が震える。手袋を必要とする程気温は低くない。それでも指先はかじかんだ様に、他人の物みたいに言う事を聞かない。どうか今だけ、一歩踏み出す勇気を……
 私の命と心を削って、振り絞った無言の勇ましさへの返答は、永い静寂だった。微かに聞こえる呼吸音が、機械の故障でない事を物語っている。再び身投げとそう違わない行いに、身を投じねばならなくなった。他ならぬ最愛の人、お姉ちゃんの為に。
「働きたくないから一生養って! お姉ちゃん!」
 これが私の出した答え。お姉ちゃんの心理を読み違えていなければ、これで上手く行くはず。間違えていたら……
 内から噴き出す不安を必死に抑えつけ、あくまで悪びれない、ちょっとにやけた家出少女を演じ続ける。内から溢れてくる闇に食い尽くされ、膝を付くすんでのところで、鍵の開く音がした。
 顔には出せないが、安堵の感情が全身を駆け巡った。兎も角最初の賭けには勝ったのだから。
 でも油断は出来ない。あくまで私は、断られても行く当ては幾らでもある少女でなければならないから。
 
それでも部屋の余りの惨状に、一瞬あらゆる感情が死滅した。

 真っ暗な部屋。月明かりで微かに見える綺麗な朱。それ以外には何もない無の空間。そこの主たるお姉ちゃんは、虚空をじっと見つめたまま微動だにしない。
 私はお姉ちゃんにかける言葉が思い付かず、ただお風呂に水を張る音が虚しく響いている。ギリギリ間に合ったとはとても言えない、半ば積みの現状から、二人のハッピーエンドへ導かねばならない。
「ちょっと! 何この部屋! 暗過ぎて何も見えないじゃん。寝てた訳でもないのに、変なお姉ちゃん」
 落ち着け……これも想定内のパターンだ。予定通りにこなせば、万事上手く行く。
「電気……電気……あった! 折角の再会が真っ暗闇なんて、情緒にかけるもんね」
「……今更何しに来たの……」
 当然の疑問だ。ここで愛の言葉を紡いだ所で何の意味があろうか。ただ自己愛で弁明してる様に見えるだけ。刺されてお終い。別にその事自体は全然構わない。お姉ちゃんに殺されるのは、最も望ましい死に方。だがそれは、私の死がお姉ちゃんの幸せに不可欠になった時だけで、私の死後お姉ちゃんが、不幸の底で死ぬ事が確定してる場面では当てはまらない。
「何って家出だよー。家で学校にも行かずゲームばっかしてたら、追い出されたの。全く……酷い話だと思はない?」
「見え透いた嘘。貴女らしくもない」
「真実か嘘かなんて、水掛け論になるだけだよ? それよりテレビない? 早く持って来たゲームしたいんだけど」
「寝室のクローゼットに入ってる」
「お姉ちゃんが出して来てよー! 私長旅で疲れたよー! おねがーい!」
「……今日だけだよ。明日になったら出て行って」
 お姉ちゃんの表情は凍り付いたみたいに動かない。でもそれは心が疲弊仕切ってるから。心を無にして、感情が生じない様にしてないと、自殺未遂じゃ済まなくなるから。そんな有様なのに、私の為に疲れ果てた体に鞭打って、テレビを出しに行ってくれるお姉ちゃんの姿は、とても尊い
 だからついつい私の手で、世界で一番の幸福を施したくなる。が、それをした所でお姉ちゃんが私に強く依存するだけ。それでは健全な恋人どころか、普通の姉妹にすらなれない。かといって、何も与えなければ、お姉ちゃんは死んでしまう。
「ありがとうお姉ちゃん!」
 だから私が選んだのは、感謝を全身を使って表現する事。お姉ちゃんに抱きつき、ありがとうと伝える。地獄でしかなかった家族との時間を、少し幸せを感じられる、平凡な物にしてあげる。適度な安心を与え、そこから徐々に絆を回復させていけばいい。それが一番健全だ。


 お姉ちゃんが今の劣悪な会社を“敢え“て選んだ理由は、察しがつく。自分より明らかに劣る集団に属し、自分だけが圧倒的に優れている優越感に浸りたい。そんなところだろう。
 だがこれはお姉ちゃん生来の性格ではなく、両親による虐待と、私からの拷問で、後天的に歪められて出来た願望。元々こんなドス黒い感情とは無縁だったお姉ちゃんが、本心に背いてこんな事をしても上手く行くはずもなかった。
 結局付いて来たのは、人の上に立ちたがる態度への反感と、高過ぎる能力への妬み。お姉ちゃんは、まともに仕事も出来ない屑の集まりの中ですら孤立した。

 お姉ちゃんが高校卒業まで、耐えられたのは、自分に起こる不幸全てに私が絡んでいたから。妹の呪縛から解き放たれれば、幸せになれるという希望があったから耐え凌げだ。でも逃げ出した先にも幸せはなく、苦痛と無意味な忍耐が待っていただけ。
 やっぱり自分が不幸なのは、自分が悪かったのだ……とお姉ちゃんは思ってるのだろうけど、私の手で十五年も人生を徹底的に陵辱し尽くしたのだから、離れて即普通の人生になどなれるはずがない。本来私がアフターケアをしっかり行わねばならないのを、勝手に敗北宣言して、お姉ちゃんを三年近く放置した。許されようとも思わないし、赦されようはずもない罪。でも叶うなら私はお姉ちゃんと結ばれたいのだ。
 

 私が初めて目にしたお姉ちゃんは、何をしてても無邪気にはしゃいでた。そんな人がこうまでなったのは、私がお姉ちゃんの全てに勝ち続けて来たから。だから私は、その構造を逆転させる事にした。今まで一度として勝てなかった妹が、ゲーム中毒の引きニートになってて、それを養ってあげてる、優しいお姉ちゃん。そんな役をプレゼントしてあげた。
 でもこれだけではただの穀潰し。お姉ちゃんを支えているとは言えない。だから気が向いた時という体で、お姉ちゃんのお世話もしてあげた。掃除したり、洗濯したり、一緒にお風呂に入ったり。一番喜んでくれたのは、お弁当を作ってあげること。辛いお仕事中でも、私を思い出せて癒されると言ってくれた。嬉しい。
 こうした献身を繰り返してる内に、お姉ちゃんの方から添い寝をおねだりして来るようになった。少しずつお姉ちゃんが私に心を開くようになってくれてる。このままちょっと仲の良過ぎる姉妹になれるのかと思っていたけど、そこまで上手くいかなった。
 お姉ちゃんが私を神格化し始めたのだ。どれだけ努力しても、歯車にしかなれない実社会から抜け出した存在として。計画では、私を下げることで、お姉ちゃんに優越感を与えるつもりだった。それが何故か、妹を限界まで格上げし、自分がそれを世界でただ一人支えてあげてる熱狂的な信者として、全人類を見下し始めた。
 まぁ確かに、お姉ちゃんに自尊心を取り戻させてあげるという目的は、達成出来たと言えなくもない。それに当初の予定通りに進んでたら、両想いなはずなのに、何故か私が見下されてる構図になる。そういった意味では良かったと言えるんだけど、やっぱりお姉ちゃんの思考を完全にはコントロール仕切れない証明にもなった出来事。
 それだけに不安が募る。
 同棲を始めて二ヶ月。いつお姉ちゃんが過労死しても不思議じゃないのは理解してる。だから明日にでも辞めさせないといけないのに、私を養うのが生き甲斐となったお姉ちゃんは、私がどれだけ言っても仕事を休んですらくれない。残された手段は会社ごと潰す……それしかない。
 でも今のお姉ちゃんが、私を養う能力を奪われたら、どうなるのか正確に予測出来ない。
 
 そうやってうじうじ悩んで数日が経ったある日のこと。
 ゲームを買って来てと頼んだら、早く退社して帰ってくれるだろうと踏んでいたのに、零時を回っても一向に帰って来ない。終電より遅く帰るだけならいつも通りだけど、私が我儘を言った日にこうなるのは、何かあったということ。
 不安で身体が震える……探しに行くべきか……悪い想像ばかり膨らみ、頭が破裂しそうになる……その時、玄関の扉が開く音がした。思わず玄関まで迎えに行った、私の目に飛び込んできたのは、全身血塗れで倒れ込むお姉ちゃんの無残な姿。
「ちょっと! お姉ちゃん! どうしたのその怪我!」
 私のせいだ。私がお姉ちゃんを支える確信を、勇気を持てなかったから、お姉ちゃんは今死にかけてる。
 いや違う……最初からお姉ちゃんの仕事を辞めさせて、普通の企業で働けるように考えれば良かっただけだ。屑の妹を養わせて、自信を回復させるなんて、回りくどい手段を取る必要がどこにあったのだろう。そのせいでお姉ちゃんは余計に傷付いた。
 途轍もない後悔と自責の念。お姉ちゃんと別れ、過ごした高校生活で、お姉ちゃんを苦しめた分以上に、護って幸せにすると誓ったはずなのに……
 自分で愛する人をこんな地獄へ追い込んでおきながら、良心の呵責に喘いでいるだけなど、許される理由がない。今は私に出来ることを全力でしよう。

 何が起こっても大丈夫な様に、医学を学んでいたのが活きた。応急処置が出来たのが理由の一つ。だけど一番の理由はお姉ちゃんが、私と離れたくないって言ってくれて、その想いに応えられるから。
 この怪我で病院になんて行ったら、入院確実。そしたら会える時間は制限されちゃう。それが今のお姉ちゃんには到底耐えられない。
 既に自殺寸前だったのに、今回は本当に殺されかけたのだ。外の世界が信用出来なくなって当然だ。その思いを汲み取り、危険を承知で、家で治療することに決めた。
 でもそれが純粋な想いからなのか……それが自分でも分からない。私の中に産まれた、罪悪感を減らす為に、付きっきりでお姉ちゃんを看病しているのかも知れない。
「どこも痛くない?」
「うん。手を繋いでる間は忘れられるから……でもこれじゃ、妹に養われてるダメなお姉ちゃんだよね」
 自分の罪悪感を減らす……その為に看病をしているなら、今やっていることは逆効果だった。
 身体にある無数の傷の痛みに苦しむお姉ちゃん。私のせいで、妹を養うことでしか、自分を肯定出来なくなったお姉ちゃんが、仕事もせず私に看病される状況に思い詰める。
 そのどちらも私が引き起こした罪の証。お姉ちゃんと一緒にいると、それを直視せざるを得ない。看病している私も壊れてしまいそうで……
「もう少ししたら働くから……そしたらまた好きなだけ遊べる生活に戻れるから……もう少しだけこうさせてて……」
 私はお姉ちゃんを幸せには出来ないみたいだ。私がお姉ちゃんにしてあげられたことは、痛みを与え、笑顔と幸せを奪って……私のせいでお姉ちゃんは、苦しみ、今にも壊れそうになっている。
 でもそんなズタボロのお姉ちゃんを見て、私の奥深くで芽吹き始めた猟奇の感情。後悔、贖罪とは無縁だった頃の私の欠片が、確かに私を飲み込み始めている……

 

 もしかして、今ならお姉ちゃんを壊せるんじゃ……


 一度気付いてしまったら止めようがなかった。必死に目を背け、理性で蓋をしていた抗えない本能が齎す衝動。
「確かにそれで私の最初の夢は叶えられるんだけどさ……」
 過去の私が成せなかった偉業が、手の届くところまで来ている。だがそこに手を伸ばすという行為は、私の中に眠る禁忌の領域に至り、目を覚まさせることに他ならない。もう一度私の狂気にお姉ちゃんが当てられたら、どうなるかなんて分かりきってる。そして当の私でさえも……
「お姉ちゃんと再会して、夢が膨らんじゃったんだ」
 そう頭で理解していても、心がお姉ちゃんを壊す為だけの言葉を紡がさせ、漸くお姉ちゃんを完全に壊せる喜びが、罪の意識を塗り潰して行く………

 心を支えてる信念をへし折る。私が掲げる、人の簡単な壊し方。お姉ちゃんに当て嵌めるのは少し手間がかかったけど、やろうと思えば出来るんだよ。
「今の私は、私が働き出したら……」
 私を養うのがお姉ちゃんの全て。それを全て奪って、心を壊すね。でもお姉ちゃんは本当に私の特別だから、壊してお終いにはしない。もう元には戻らないけれど、割れて粉々になった欠片を集めて、形だけは元に戻すから。大事にするよ。
「お姉ちゃんがどんな表情をするかの方が気になるんだ」
 全部ここまで、お姉ちゃんの人生全てが、私の物だったって種明かし。思った通りの顔をしてるのは、少し期待外れだけど、それでも夢が現実になった喜びは何物にも勝った。

 

 私の本能が描いた凶夢に、現実を支配され、お姉ちゃんとの正常な繋がりを断たれる様を、私は見せ付けられていた。抗う術を断たれたままで……

 


 私は理解していたはずだ。お姉ちゃんが社会人として、世に出ればどうなるか。私だけではお姉ちゃんを壊し切れないから、一度手綱を放して、お姉ちゃんが勝手に自滅したところを、私が助け、そして叩き落とす。それを深層心理で目指す自身のおかしな行動に、違和感を感じていたにも関わらず、何も疑問に思わなかった。いや、思わさせて貰えなかった。
 そもそも人を殺し続けて悪びれもしない私が、お姉ちゃんと別れたからって、間違っても更生したりするだろうか? 答えは決まっている。その証拠に、お姉ちゃんの事となれば、どれだけ残酷な制裁でも加えられたのだから。
 ならどうして一時的にでも更生していたのか。それはお姉ちゃんとお別れしてからの私は、私の狂気が創り出した、お姉ちゃんを破壊する為の架空の思考回路だったから。
 失ったお姉ちゃんからの信頼を取り戻すことが、計画に必要だから、それを成すためだけの、偽りの人格の筈だった。しかし私の優秀過ぎる知能が、狂気の私が振る舞うだけの被り物としての存在を許さず、猟奇的な私と並列化した思考回路として存在させた。
 それは、“演じている”では表現出来ない確かな人格として、お姉ちゃんの信頼を勝ち取る一助となった。そして、狂気に堕ち切れない不完全な私を形作る、足枷ともなった。

 結局、晴れてお姉ちゃんを壊せた私を待ち受けていたのは、並列化した思考のせいで、永遠に満たされない業を背負わされた、罪人としての人生だった。
 方やお姉ちゃんを痛め付けることに幸せを感じ、もう一方はお姉ちゃんとの純愛を望んでいる。正反対な、二つの人格が足並みを揃えられる筈もなく、お姉ちゃんは全く逆の接し方をする私の間で、振り回され、引き千切られる。
 時にお姉ちゃんを甘やかし、時にお姉ちゃんを発狂寸前まで追い詰める。何一つ共通点のない二つの私だけど、唯一通じ合う理念がある。お姉ちゃんが大好き……ただそれだけの想いに、狂っている私達だから、どうしてもお姉ちゃんを手放せない。もう離れてしまった方が良いのに、それが出来ない。お姉ちゃんへの正常な愛がある私の間に、どこか遠くへ行くしかないのに。
 それが出来ないまま、今日も私はお姉ちゃんを傷付ける。
 いつかお姉ちゃんを幸せに出来る私が産まれることを、祈りながら……