神薙羅滅の百合SS置き場

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4つの涙が紡ぐみらい 第一章

 私は千さんとの約束を果たしに来ていた。私ではない私が、今の千さんとは違う千さんとした約束……そう、ポテト丸ごとラーメンのお店へ案内して貰うという約束だ。

「すまない零。あたしの確認不足でこんなことに……」

 だが現実は非情で、なんと目的の店は臨時休業していたのだ。開かないドアの前で呆然とする私と千さん。時刻は正午を過ぎ、そろそろ代替案を考えないといけない。

「謝らないでください千さん。この店はまた次の機会にしましょう」

「しかし……」

「確か通り道に美味しいフライドポテトが売っているお店がありましたから、そこでお昼にしましょう」

「いや、あれはどこにでもあるチェーン店だったと思うのだが」

「友達と行ってみるのが夢だったんです! だから行きましょう」

「夢になるほどのことなのか……だが、そう言ってくれるとあたしも肩の荷が降りるよ」

「では行きましょうか」

 友達と休日にお出かけする。そんな当たり前のことが、すごく大切なことに思える。それはきっと真理念が見せた記憶のせい。報われることのなかった涙を流した、私達の分の想いが、今日に乗っているから。

 だから、こんなハプニングさえも心から楽しいと思える。気がかりなこともあるけど、今この瞬間は、私が掴んだステキな未来の形だって心からそう思えるから。

 

 

 

「あーあ! せっかくのお姉ちゃんとのデート失敗しちゃって。お姉ちゃんへの愛が足りないからそうなるんだよ」

 物陰から零姉さんを見つめるみらい。その笑顔はあの双子の悪魔よりも歪んでいるように見える。でもそこには、隠しきれてない、深い悲しみが見え隠れしている。こんなみらいは零姉さんが望んだ未来の一部ではない。そしてそれは、ずっと側で零姉さんを見守り続けてきた私にとっても同じ。

「でも、あんな楽しそうな零姉さんは始めて」

 みらいが抱える悲しみを理解しつつ、それでも私は、生まれて初めて味わう寄り添うだけではない人生が、楽しくて仕方がなかった。

「さっすが、産まれた時からずーーっっと! お姉ちゃんのストーカーしてた、く・お・んお姉ちゃんは言うことが違うねー」

「私はただ寄り添っていただけ。言葉を重ねた時間はみらいの方がずっと長い」

「ああっ! もうっ! その勝ち誇った物言い、ホントムカつく」

 こんな幸せな時間を過ごしていて良いのだろうか。何度も脳裏をよぎるこの疑問も、ドタバタとした日常に追い立てられて考える暇もない。

 今日も今日とて私と零姉さんの周りは大騒ぎだ。千さんとラーメンを食べに行くと一週間前から決めていた零姉さん。それだけなら良かったのに……みらいは真理念で記憶を得てからは、普通の妹になった。だけどそれはすごく無理をしている。だから心を開いてくれている私の前では、以前のみらいのままだった。

 犯罪行為にこそ手を染めていないが、今もこうして友達と出かけた零姉さんの動向を、物陰から監視している。

「なに一人でニヤニヤしてるの? 大好きなお姉ちゃんの顔でそういうことするの、やめてくれるかな」

 みらいの執着は度を越している。それを水面下で抑えるのは大変なはずなのに、私はそれをどこかで楽しんでしまっている。きっとこんな風に3人姉妹として過ごす日常こそが、私と零姉さんが望んでいた結末だから。

「あっ! お姉ちゃんが行っちゃう! 早く行かないと置いていくからね!」

 ただ寄り添っているだけだった私には、駆け足で過ぎていく日常は、振り落とされないのがやっと。でも、そこで笑う私の姿はきっと美しい。ありえたかもしれない未来のことを忘れてしまうほどに。

 だから今のみらいを放っては置けない。零姉さんが望んだ未来はこんな形ではないはずだから。

 

 

「やっぱりここのポテトは絶品ですね」

「塩なしで頼むと揚げたてが出てくるとは、知らなかったよ」

「ポテトマニアの私をなめないでください。ポテトのことならなんでも知ってますから」

「ふふっ、頼りにしているよ」

 今まで食べた中で最も薄味のポテトに舌鼓をうちながら、私は今日の埋め合わせをどうしようかと考えている。

 今日誘ったのはあたしからだ。日時の指定をしたのもあたしだ。だからあたしには、零にあのラーメンを食べさせる義務がある。それがあたしの正義だ。

 だがこの正義をなすのは難しい。ポテトが丸ごと入ったラーメンなど、ラーメンを食べ歩いてきた中でも、あの1店しか記憶にない。

「どうしたんですか千さん? さっきから難しい顔をしてますけど」

「あぁ……すまない。やはりさっきのことが気になって」

「もういいって言ったじゃないですか。あんまりそうしてると、小衣さんに今の顔を写真で撮って送りますよ」

「それは待ち受けにされてしまいそうだな」

「そうですよ。だから今をえんじょいしてください」

 声を張り上げて、777の真似をする零。こんな何気ない仕草一つが頭から離れなくなったのはいつからだろう。出会った頃、零はあたしを頼りにしてくれていた。誰かに頼りにされるのが、いつも通りのあたしだった。それが今ではすっかり、あたしの方が零に頼っている。

 数々の苦難を乗り越え、みらいさんと久遠さんの手を掴んだ零は、私なんかとは比べ物にならないほど頼りになる。

 それに母さんのヨミガエリを、本心では望んでいた私の背中を押してくれたのは、他ならぬ零だ。

 今ならあたしに告白してきた女の子の気持ちがなんとなく理解出来てしまう。そんな状態だから、零の前だとおかしな行動ばかりとってしまう。

「言ったそばから、今度は私ばっかり見つめて。本当に千さんどうかしたんですか?」

 言われて我に帰る。どうやら相当熱の籠った視線で、零を見つめていたらしい。

 最近のあたしはおかしい。気付くと零のことばかり考えてしまう。今日のお出かけも、三日前から楽しみで夜も寝れなかった。

「もしかして私何か千さんにしてしまいましたか?」

「えっ! いやっ、そんなことはない! あたしはただ零がカッコイイなと……あっ!」

 零があたしのせいで不安そうにしているから、混乱してとんでもない失言をしてしまった。これではもう実質告白ではないか。告白にはちゃんとした手順がある。それを守らないと悪戯に相手を混乱させて……

「ふふっ。千さんの冗談は面白いですね。私をカッコイイって言う人は初めてです」

「冗談ではないぞ。あたしは零のことを本気でカッコイイと思っている」

「……真顔で言われると照れますね」

 もうダメだ。自分で自分の収拾がつかない。零の今度はこんな可愛い照れ顏を見せられて、あたしにどうしろと言うんだ。

「千さんは真面目ですから、予定通りに行かなかったことを悔やんでるのかもしれませんが、本当に気にしないでください。自慢ではないですが、私は徒歩三十分以上かかる場所へは、息切れして予定通りに着いたことがありませんから」

「あまり気を使ってわかりやすい嘘をつく必要はないんだぞ。零の家からここまでそこそこ距離があるのに、待ち合わせ時間通りだったじゃないか」

「それはですね、千さんと遊ぶのが楽しみだったので、早めに家を出たんです」

「そうだったのか。私なんかのためにありがとう」

「なんかじゃありません! 千さんは大切な友達ですから!」

 一点の曇りもない零の言葉に胸が熱くなる。嬉しさと悔しさで……零にとってあたしは唯一無二の友達だと思う。親友と呼んでも差し支えないのかもしれない。大切な友達と呼んで貰えるのはとても嬉しいことだ。

 だがあたしは零と友達、親友以上の関係になることを心のどこかで望んでしまっている。だから大切な友達という言葉に傷付いてしまう自分も確かに存在していた。

「ですが千さんは言葉で言っても納得しませんよね」

「いや、別にそこまで頑固ではないぞ。だから本当に気にしないでくれ」

「いえ、そういう訳にはいきません。千さんを沈んだ顔のまま帰らせるのは、私の正義に反しますから」

 語尾に笑いをにじませながら、零は自分の正義をなそうとしている。そこにあるのは家族でも友達でも、ましてや恋人でもなく、ただ恵羽千へと向けられた純粋な想い。

 零の強い優しさを感じられるだけで、胸の内で渦巻いていた淀んだ感情は消えていく。

 さっきまであたしが抱えていた葛藤も決して軽くはなかった。母さんにも「零ちゃんと話してるときの千は、本当に楽しそうね」と言われるほどには、感情を隠しきれなくなっているのだから。

「……わかりました! こうしましょう! 今から私の家でポテト丸ごとラーメンを作るんです!」

 悩み抜いて零が出した答えはあたしの予想を超えていた。零の家へ遊びに行ける。それだけで充分なイベントだ。その上、2人でいられる時間が増えるのだからいいこと尽くめだ。

「ありがたい申し出なのだが、本当に構わないのか? 今日のことは私に責任がある。その上、零の家へ押しかけるとなれば、私が迷惑を掛け続けることになるが……」

「迷惑になるならこんなこと言い出しませんよ。ただ、みらいが許してくれるかは別問題ですが」

 後で母さんには帰りが遅くなると連絡しておこう。門限はないが、晩ご飯の都合があるから早めの方がいい。そんなことを思案しつつ、零はみらいへ電話をかける。それと同時に数メートル離れた席で着信音が鳴った。

 

 

『それはですね、千さんと遊ぶのが楽しみだったので、早めに家を出たんです』

 零姉さんの服に取り付けた盗聴器からは、絶えることなく2人の会話が聞こえてくる。友達がほとんどいなかった零姉さんに、あんな風に遊べる相手が出来たことを嬉しく思う私とは反対に、みらいは2人が言葉を交わす度に、機嫌を悪くしていく。

「あの引きこもりのお姉ちゃんが、あんな女のために早く家を出るなんて……」

 怒りが頂点に達したみらいの手には、力を入れすぎてグチャグチャになったハンバーガーが握られている。

「そんなに怒らなくても、零姉さんはみらいのことを愛している」

「わかったような口きかないで! だいたいお姉ちゃんがセレマへ向けてた愛情だって、元はと言えばあなたの分もあるわけでしょ!? お姉ちゃんの愛情2人分貰えてよかったね、く・お・んお姉ちゃん!」

「それは流石に聞き捨てならない。零姉さんは、私とセレマ、そしてみらいをちゃんと一人一人想ってくれている。代わりに誰かを余分に愛したりはしない」

「わたしよりお姉さんだからってお説教? 言わせてもらうと、何もしないで世界の隅で真理念拾ってたら、お姉ちゃんがぜーんぶなんとかしてくれた人に私の何が分かるの! 私がお姉ちゃんといるためにどれだけ頑張ってきたか、あなたにわかるの!?」

「……」

 たしかにみらいのいうことにも一理ある。みらいは零姉さんと一緒にいるためになんでもしてきた。そしてその想いを一度は諦めた。だがそれでは零姉さんは幸せになれなかった。みらいの手を離す行為は、どんな理由があっても、無数の涙を乗り越えた後であっても、零姉さんを苦しめた。私がヘラクレイトスと同化するのを、受け入れたことも。

零姉さんが幸せになるようにと願ってした決断が、零姉さんを苦しめた。そんな未来があったことを、私とみらいは知ってしまった。

「みらい……」

 かける言葉が見つからない。少し行き過ぎた行動もあるが、みらいはただ零姉さんといたかっただけだ。納得してしたこととはいえ、自分が再生の歯車に飲まれてゆくのを、零姉さんが無理にでも止めてくれなかった事実が、みらいを苛んでいる。

 その決断がどんな結末を招くかを知った今の零姉さんは、みらいが消滅することを受け入れなかった。でも今度また同じようなことが起きた時には、手を離すことを受け入れてしまうかもしれない。零姉さん以外の誰にも愛されたことのないみらいには、世界でただひとりの心を許せる相手に、堪え難い後悔が伴うとはいえ、自分の死を受け入られてしまったことがとてつもない恐怖だった。

 そしてみらいが下したあらゆる決断は、どれも零姉さんを本当の意味で幸せにはしなかった。今のみらいは自分がどうすればいいのかを、完全に見失っている。

「もしみらいの身に何かあったら、私と零姉さんが手を掴みにいく。何を犠牲にしても」

「言葉だけならどうとでも言えるよね、そんなこと」

 私と零姉さんも、そして他のみんなも、みらいの不安を理解してくれている。だから今の彼女の言動にも目をつぶってくれている。望むならいつまでもそうしてくれるだろう。でもそれは、みらいの抱える恐怖を解消したことにはならない。なんとかしてあげたいというのが、みんなの願いだった。

 そんなことを思っていると突然みらいの携帯が、着信音を発した。考え事に夢中で、零姉さんと千さんの会話を追っていなかったので、状況について行けない。

「どうしたのお姉ちゃん。何か良くないことでも起こった?」

『うんうん。そうじゃなくて、今日、家に千さんを呼んでもいいかなって』

「別に私は構わないけど、何かしたいことでもあるの」

『今日家でポテト丸ごとラーメンを作りたいの』

「ふーん。だったら色々材料が必要だね。一緒に買いにく?」

『千さんと材料を買ってから帰るつもりだから心配ないよ』

「そんなこと言って、お姉ちゃんはろくに料理もしないんだから、家に何があるかもよくわかってないでしょ」

『確かにそうだけど……』

「駅前で待ち合わせでいい?」

『ごめんねみらい』

「あやまらないでお姉ちゃん。引きこもりのお姉ちゃんが休日に友達と遊びにくだけでもすごいのに、その友達をお家に呼ぶんだよ? 少しくらい私にもお手伝いさせて」

『うん。ありがとうみらい』

「それじゃ、後でね。お姉ちゃん」

 通話を終えたみらいは小さくため息をつく。相当無理をして普通のみらいを演じているのはわかっている。

「あまり無理をしないで。辛いなら私たちを頼って」

 明確な答えを持たない今の私が出来るのは、こんな月並みな声がけだけだった。

「うるさい黙って! 普通にしてたらお姉ちゃんに愛して貰えるあなたたちと私は違うの!」

 きっとみらいが再生の歯車に飲まれること選んだのは、全てを知った零姉さんの愛を得られる唯一の選択肢だったから。それは普通の人間に擬態するという意味に他ならなかった。だから今のみらいは、零姉さんに見捨てられないよう、必死に自分を偽っている。他ならぬ零姉さんと家族として過ごすために。

「く・お・んお姉ちゃんにお願いなんだけど、お姉ちゃん達より先に駅に着いてないとダメだから、ちょっと手伝ってくれるかな。言っとくけど拒否権はないよ」

 私はみらいの苦痛をどうすれば取り除けるのかがわからない。この言葉がみらいの望みでないことはわかっていても、どうすることも出来ない。

「わかった。なんとかして零姉さん達を引き止めてみる」

「理解が早くて助かるよー。それじゃ、お願いね」

 そう言い残してみらいは足早に店を出て行く。

 ひとり店内に残された私は考える。零姉さんを足止めするだけなら適当に電話をかければいい。家にいないのは一人でどこかに出かけたことにすればいい。でもそれでは、みらいは苦痛から解放されない。私はみらいの言う通り、零姉さんがなんとかしてくれないと何も出来ない、涙の結晶を集めるのが精一杯でとても無力だった。今もその頃の私と何も変わらないのかもしれない。

 でも、その時の私が零姉さんの幸せを心から祈っていたのは本当だ。そして今はみらいの幸せを心から祈っている。

 これが本当に正しいことかはわからないけれど、自分の信じたことをしよう。みらいを救えるのは他ならぬ零姉さんだけだと思うから。