神薙羅滅の百合SS置き場

百合しか書かないし、百合しか書けない! 陰鬱な百合がメインのブログになります

閉じた私と、こじ開ける貴女

<あらすじ>

 些細なことで罪悪感を覚えてしまう少女は、その苦痛に耐えかねて心を閉ざす。

 そんな少女はひとりの女性と出会う。少女の閉ざした心に、自責の楔が捩じ込まれていく……

 

 

 私はヘッドホンが好きだ。それを着けている間は、世界から切り離されていられるから。

 私が世界から距離を置きたいと思っているのを、みんなが理解して離れて行ってくれるから。

「ねぇ、なんの音楽聴いてるの?」

 でもそれを許してくれない人もいる。こんな風に私の無言のメッセージを受け取れない人だ。

「あれ? もしかして、落語とか聴いてた? 可愛いから音楽だと決めつけちゃった」

「生憎、私のヘッドホンが何か音を発したことはない。音は世界から離れる為に必要じゃないから」

 ほんの少しだけ、右耳のヘッドホンをズラしてから、そう答える。

 受け入れたわけでもない、会話をするつもりもない。貴女が無理矢理こじ開けただけだと伝えるように、拒絶の意思を滲ませつつ。

 それなのにこの人は、私の返答を聞いた途端に、顔を明るくさせた。

「そうなんだ。よかった。そういう人を探してたんだ」

「……変わった人だね」

 興味を惹かれた。でもヘッドホンを外したいとは思わない。必要じゃないから。ひとりの世界に興味なんて必要じゃないから。

「そんなことないよ。私、自分の世界を大切にしてる人に逢いたかったの。そんな風に頑なだと、否定する人もいるけど、私はステキだと思うよ」

 表面だけの言葉……だとは思わなかった。この人は変わってる。ヘッドホンを無音で着けてる人に、興味津々で話しかけていられる人だ。イヤホンではない、もっと強い拒絶の意思を孕んだ私を見て、嬉しそうにする人だから。

「これ、聴いてくれないかな。私が創った曲なの。今キミを想って創った曲になったから、キミに聴いてほしい」

 そう言って一本のUSBメモリーを手渡してくる。音源を取り込むのが面倒だ。やりたくない。この人を断るのに充分な理由付けが出来た。

「めんどくさい? だったら今何も聞いてないんだから、スマホ使ってないよね。面倒だろうから、代わりに音楽取り込んであげる」

「残念ながら、時代遅れな音楽プレイヤーしか持っていない」

「ふふっ。ますます好きになった」

 この人は満面の笑みで、カバンから取り出したパソコンに、私の差し出した機械を接続して、自作の音楽を転送している。

 正直ここまでされるのはしんどい。次この人に会う時に、この音楽を聴いていなかったら、相当気不味い。

 自分から音楽プレイヤーを差し出したのだから、なおさらだ。

「はい。私を見てくれてありがとう。嬉しかったよ」

 そんな自己保身しか考えていない私には過ぎた言葉共に、機械を私に返してくれる。その時、微かに触れたこの人の手は震えていた。

 去り際に私を見つめる彼女の瞳は、少し光が反射していた。

 手の平に収まった機械を見て思う。彼女は見てくれてありがとうと言った。それは違うと思った。私は貴女を一度も見てなどいない。

 私が本当に貴女を見たと言えるのは、これを聞いた時だ。

 実際には見てもいないのに、見てくれたと喜んでしまうほどに、貴女は孤独なの?

 疑問に思いながら、少しズラしていたヘッドホンを元に戻す。どこにも繋がっていなかった線を、彼女の入った機械に繋げる。

 世界から閉ざされる為のヘッドホン。その役割を果たすのに音は余計だ。もし音があったら、私と貴女のふたりで閉ざされた世界になるから。

 嫌でも貴女にかき抱かれてしまうから。

 不覚にも私は、閉ざした分だけ深く、深く、貴女に触れてしまった。

 

 

「また逢えたね。今日は何を聴いてるの?」

 またあの人だ。あの時と同じように、恐れもせずに私に話しかけて来た。

 極めて億劫ながら、右耳のヘッドホンを外して、答えてあげる。

「前と同じ。でも片方は貴女の声を聴いている」

「そうなんだ。嬉しいな」

 その言葉とは裏腹に、表情は暗いまま。こんな顔をされたら、私が必死に遠ざけていた、罪悪感というめんどくさい感情が込み上げてくる。

 それを解消しないと自分が潰れてしまいそうになる。

「なんでくれたUSBと、これに入れてくれた曲は違ったのかな」

 小慣れた気の使い方。これに疲れちゃったから、こうして周りに合わせないといけなかったから、外でもひとりで閉じこもっていたのに。

「ほんとうにっ……私のこと見てくれたんだ……嬉しい……」

 どうしてそこまで喜ぶの? そんなに嬉しそうにしないで。涙を流すほどに私に何かを求めないで。私にそんな可愛い顔をしないで。その気持ちに応えることを私に強要しないで。

「……また私のこと見てくれる?」

 そして私から見ても思わず愛でたくなるような表情を、一転不安一色に染め上げて……ズルイおねだりの仕方だ。これを断ったら、きっとこの人は大泣きする。その罪悪感に私は耐えられない。だから、その質問の答えとして前と同じ音楽プレイヤーを差し出す。途端に、この人はとびっきりの笑顔をくれる。それがまた一層私を締め付ける。

「好きにすればいい。でもちゃんと選ばないと、知らないよ。正直USBのは若干引いた」

 この人の感情に答え続けるのは私にはムリだ。だから少しだけ言葉に拒絶の意思を滲ませた。

「そっ、そうなんだ! それじゃ、こっちにした方がいいかな……」

 刹那、この人の顔を見て察する。やってしまった。よく考えたら今のは、毒の強過ぎる言い方だった。いつもそうだ。少し仲良くなれたと思って、それが重たくて、それに耐えられなくて、少しくらい遠ざけても大丈夫だと思って、一言多くなって、それが全部台無しにする。

 耐え難い罪悪感の塊に飲み込まれて、吐き気すら覚える私。クラクラする視界の中で、この人は今まで見たことがないくらい沈んだ顔をして、機械にキレイな、私好みと思われる自分を移していく。

「はい。私は見てくれただけで、本当に嬉しかったよ」

 この人との関係はここで終わり? 違うの! 拒絶のつもりじゃなかったの。ほんの少し距離を置きたかっただけなの。洋画にありがちな、軽いジョークのつもりだった。零にしたかったわけじゃないの。

 でもその言葉を紡ぐことは出来ない。内心これで終わりだったら楽だと思う自分がいるから。でもそう思う自分がいることへの後ろめたさが、私を苦しめる。

 まだ背中は見えている。今ならまだ間に合う。今を逃したら、名前も連絡先も知らない人への耐え難い罪悪感に苦しみながら、この先の人生を歩むことになる。それはイヤだ。だからと言って声をかけることはしない。だってまた同じことを繰り返すだけだと、今までの経験でわかっているから。

 やっぱりこうなるんだ。こんな思いをするから、ヘッドホンをつけてひとりで閉じこもっていたのに。無理矢理こじ開けたのは貴女なのに、結局私が苦しんでる。

 私はどう頑張ってもこうなってしまうから。世界と関わるのはイヤだったのに……私に関わろうとるする人みんなキライだ。

 

 

 私のヘッドホンが、全ての世界を隔てる壁になっていたのが、すごく昔のことに思える。あれ以来私のヘッドホンは少し壊れてしまったらしく、一つの世界だけを私に浴びせ続けるようになった。

「久しぶりだね。今日は何を聞いてたの?」

 また逢えたことに安堵する自分に戸惑いながら、ヘッドホンを外してこの人に視線を合わせる。その傍らで、こっそり音量を上げて、わざと音漏れさせる。

「この曲っ! 嫌って言ってたのに!」

「そこまでは言ってない。ちょっと引いただけ。でもあなたの世界が詰まってるから、最近はこればっかり」

 よかった。嬉しそうにしてくれた。これで少しは肩の荷が下りる。

「そうなんだ……じゃあさ、ひとりの時もそれを聴いてくれてるってことは、私のこと受け入れてくれってことでいいのかな?」

 でもその喜び方は、私の想像とは違っていた。この人はなぜか色めいた瞳で私を見つめている。

 どうして? 私はこの人をそんな風に思ったことはない。そもそもまだお互いに名前さえまだ知らないのに。

 突然の好意に戸惑う私を無視して、この人は無遠慮に指を絡めてくる。ただの好意を向けられるだけでも、それを裏切ってしまう自分に耐えられなくなるのに。恋愛感情なんてムリだ。私には抱えきれない。

「あの……さすがにこれは……ふむっ!?」

 最初に会った時もそうだったけど、この人はどこまでも無理矢理が好きみたいだ。唇の柔らかな感触。口内を侵す舌の柔らかさ。どれもこれも不愉快だ。

 両手は塞がれていてまともに抵抗もできない。それでも不幸なことにふたりの顔が密着していたからこそできる抵抗もあった。

 ごんっ、という鈍い音が脳内にこだまする。額が痛い。この人の額も少し赤くなっている。

「えっ? なんで?」

 状況が違えば答えてあげたかもしれない。でももうどうでもいい。

 外していたヘッドホンを付け直して、音楽プレイヤーに繋がっていた線を引き抜く。

「ねぇ、なんで! あんな曲を聴いてくれたってことは、私を受け入れてくれったことでしょ! 違うの!?」

 パニックに陥っているのか、私の肩を激しく揺すっている。でも私にとっては地面が揺れているのと変わらない。もう関わりたくない。

「ひどいよっ……期待させるだけさせて、捨てるなんて……ほんとうに好きだったのに……」

 視界の端に映った、助けを求める捨て犬のような表情。でもそれはすぐに虚空を見つめているような、からっぽなものに変わり、踵を返して立ち去っていく。

 それを見て胸の奥から湧き上がってくる罪悪感。たとえ相手が悪かったのだとしても、私だって過去にこの人に悪いことをしてしまった。その事実が私をがんじがらめにしていく。

 よく考えるとここまで強く拒絶する必要はなかったかもしれない。

 これで良かったとは思えない。だからあの人を目で追ってしまった。ちゃんと二本足で歩いているから、彼女は大丈夫なのだと、自分に言い聞かせるために。

 

 

 信号もない。横断歩道ですらない。車か高速で行き来する車道へ、あの人は救いを求めるように……

「ちょっ!!! ダメッッッ……」 

 ダメ……やめて……私のせいでそんなことしないで。お願い……そんなことされたら……

 耳に残る急ブレーキが踏まれた時の轟音と、肉が千切れ骨が砕ける不快な音。夢中で掴んだ左腕は付いていた。でもこの人の右腕は叩きつけられたトマトみたいに、車のガラスに張り付いていた。もうくっつけようがないのは、素人目でも明らかだ。

「やっと、本当に私のこと見てくれたね」

「へ?」

「初めてヘッドホン外してくれた」

 言われて初めて気づいた。夢中で駆け出したから、どこかにヘッドホンを落としてきてしまったみたいだ。でも、そんなのどうでもいい。私のせいでこの人が片腕を失った……そんなのとても抱えきれない。どうやって償えというの?

「そ、そんなこと言ってる場合じゃ……早く救急車呼ばないと」

「どうせもう、くっつかないよ」

 罪の意識で世界がくるくる回る。力ない動きで私に抱きついてくる。右腕がついていた時の癖で、右肩が動いているのが生々しい。

 この右肩の動きが私の罪の証。これ以上は無理だ。これ以上見たら、壊れる。

「それに腕一本で君が変えるなら安いよ。だからちゃんと見て欲しいな」

 私の気持ちを見抜いているのかこの人は、私の後頭部に添えた左手を使って、血の滴る右腕があった場所へ、私の顔を移動させる。頭から血をかぶる感触も、腕の断面を見るのも、すごく不愉快だ。こんな思いをするくらいだったら、この人とキスしたり、エッチする方がまだマシだった。それに答え続ける方が遥かにマシだった。

「君のせいでなくなったの。君のせいで死ねなかったから、なくなったの。右手の代わりになってくれるよね?」

「な、なに言って……」

「また期待させるだけなの? 君のせいで死のうとしたのに、君のせいで死なせてくれなかったからこうなったのに……中途半端に受け入れたり、助けるくらいなら、なにもしないでよっ……」

 蘇る罪悪感。私を非難する言葉、拒絶する言葉……あなたのためを思って……あなたのせいで……どれもこれも私を罪悪感でいっぱいにする。それから逃げたかっただけなのに……

 理解した。この人は罪悪感の押し売りをしているんだ。だってそうじゃないとおかしい。普通だれかに拒絶されたくらいでここまでしない。

 ……でもそうじゃなかったとしたら。単に私の容姿が好みで、声をかけて、それで本当に好きになって、だから少しやりすぎちゃって、それで拒絶されて……

「大好きな人に……なげやりにされるのって……すごく辛いね」

「おえっ……えほっ……」

 心が悲鳴を上げている。多大な罪悪感によるストレスで、嗚咽がとまらない。

「離して。もう充分君を堪能できたから、君に受け入れてもらえないのはわかったから。また突っ込んでくるよ。今度は止めないでね」

 死ぬ? 私が受け入れなかったから誰かが死ぬ? ダメだダメだダメだ……死なれる罪と罪悪感を背負うくらいなら、腕一本の償いをする方がまだマシだ。今引き止めれば、腕一本の償いで済む。

「わかった! もうわかったから! これ以上苦しめないで……貴女の気持ちはわかったから……右腕の代わりになるから……もうやめて……」

「うん、ありがとう……死ぬまでずっとだよ! 大好き!」

「わ、私も愛してるよ。貴女が死ぬまでずっと……」

 自分を救うためについた、この場を収めるための嘘。この言葉にふさわしい行いをするということの意味を、私は理解していなかった。私に受け入れられないなら、死を選ぶ人の望む愛がどれほど重いかなんて、少し考えればわかったはずなのに……

 

 

 右腕の代わり……最初はそのつもりだったのに、気付けば私はこの人の四肢の代わりを務めるようになった。

 私がこの人との約束を一度破ったら、右足にナイフが深々と刺さっていた。腱が切れてて右足が使えなくなった。次に左足。残った左腕も……私のせいでこの人は四肢をダメにした。

 その罪悪感でがんじがらめ。その頃には、身寄りのないこの人を置き去りにする罪悪感にも耐えられらなくなっていた。自死すらもう選べない。

「また私以外を考えてる。次は本当に死んじゃうかもよ?」

 そう言って舌に自分でつけた、血が滲んだ無数の咬み傷を見せつけてくる。どれほど繰り返されたかもわからない、罪悪感の刷り込み。どこまで付き合えばこの地獄のような刷り込みは終わるのだろうか。

 四肢がなくなるか、動かなくなれば終わると思ったのに。早く解放されたい。でも、もし仮にこの人が自傷できなくなったとしても、その身体を見た私は、より強い罪悪感に支配されるだけなのかもしれない。

 そうだとしても、これ以上傷を増やされたら、私はもう……

 あのとき見殺しにしている方がはるかにマシだった。そんな風に考えてしまう、最低な自分がいる罪悪感に耐えられない。

 

 ブチッ。気味の悪い音がして理解した。またこの人以外を考えてしまった。私はまた罪を犯した。

「こへ……へあくなっひゃっら」